001 レンタルDVDの中身が違っていて

 いつもよりも早めに夕食を済ませた。見たい映画があるという彼のリクエストに応じて、寝る前の時間をたっぷり確保するためだ。いそいそと映画鑑賞の支度を進めるゼクシオンの背中を、マールーシャはキッチンから微笑ましい気持ちで眺めた。いい夜になりそうだった。
 映画中のスナックを好まない彼のために温かい飲み物を用意したら、照明を少しだけ落として鑑賞会を始めよう。茶葉が開いて香りが立ってきた頃、はてティーコゼーはどこにしまったかと戸棚を探っていると、不意に居間の方から声が上がった。見ればゼクシオンが部屋の真ん中で不自然に立ち尽くしている。デッキにセットしようとしたのか、裸のDVDディスクを手に持ったままだ。
 どうかした、と声をかけると、さきほどまでの高揚はどこへやら、振り向いたその表情はすっかり悲嘆に暮れていた。

「これ、中身が違います」

 掲げられたディスクを受け取って、ケースと見比べる。なるほど、ディスクに描かれた見つめ合う男女のイラストからするに、彼が楽しみにしていたであろうSF作品の最新シリーズとは到底思い難い。タイトルももちろん別物だ。レンタルショップの店員が入れ間違えたのだろうか。

「本当だ。こんなことあるんだな」
「ちょっと、本当にショックです。楽しみにしていたのに」

 がくりとうなだれるゼクシオンを気の毒に思った。夕食の時、シリーズのあらすじを説明してくれた時は珍しく興奮気味によくしゃべっていて、その表情が見れただけでもうマールーシャとしては満足な夜だったのだが、映画を楽しみにしていた彼にとっては落胆以外の言葉はないだろう。
 所在なさげにディスクを指にはめてくるくるともてあそんでいたが、マールーシャは無言でそのままディスクをデッキにセットした。え、と背後でゼクシオンが不満げに声を上げる。

「観るんですかそれ」
「まあ、せっかく時間も作ったし」

 なめらかに飲み込まれていくディスクを見送ると、ソファにかけてリモコンを手に取る。

「有名な作品じゃないか。観たことないのか」
「恋愛物はあまり興味なくて」

 本当に興味なさそうにゼクシオンは、マールーシャが手招きしても尚ソファに座るのを渋った。
 美しくも物悲しい音楽が流れて、タイトル画面と共に主演の男女が浮かび上がる。身分の違う男女が惹かれ合い恋に落ち、しかしながら悲恋に終わる、というありきたりなストーリーだが、当時メディアにも大きく取り上げられた話題作だった。
 半ば無理矢理隣に座らせられたゼクシオンはまだ納得のいかない様子で、はじめのうちはあれこれと茶々を入れるように作風を揶揄しながら見ていたが、ストーリーが進むにつれて静かになり、情熱的に展開される物語にやがてのめり込んでいった。
 こうして並んで画面を見ながら、いつしか体を預けて画面の中の世界に没頭する時間が好きだ。想像力を掻き立てられる本もいいけど、まさにその場面その空気を共有できるのはまた違う良さがあるから。

 

 結局映画は最後まで見終えた。エンドロールが流れ始めると、うーん、と身体を伸ばしてからゼクシオンは先ほどに比べてだいぶ晴れやかな表情でこちらを見上げた。

「意外と面白かったかも」
「それは良かった」

 そう言いながらマールーシャは時計を見上げた。当初の予定よりもだいぶ短い映画だったので、すっかり見終えて尚まだ寝るには早い時刻だ。

「けっこう早く終わりましたね」

 ゼクシオンも時計を見上げるとそういった。ぱち、と目が合う。どうしましょう、とでもいいたげにゼクシオンは見上げてきた。何も言わないけれど、お互い考えていることは同じかもしれない。
 まだエンドロールの流れ切らない画面を消してしまうと、マールーシャは期待の眼差しを向ける恋人に向き合った。

 


今日の116
レンタルDVDの中身が違っていて、普段見ないジャンルの映画だったけれど結局二人で最後まで見る。