001 夏休み
※ゆる機関。存在しなかった世界が夏。
“DAY OFF TODAY”
存在しなかった世界にも極稀に休みというものが与えられる。どういった采配によってそれが得られるのかは機関の主導者と唯一渡り合える副官殿の手腕にかかっている、らしい。
しかし今回訪れた突然の休暇は、存在しなかった世界にいながらにしてこの殺人的な暑さによるものだろうとマールーシャは密かに踏んでいた。普段は氷のように冷たい眼差しで体温すら感じさせないようなサイクスが、雑に髪を結いあげて腕まくりまでしながらその三語を並べた紙をたたきつけるようにして貼っているのを目の当たりにしたからだ。去り際に『やってられん』と呟いていたのもおそらく聞き間違いではないだろう。暑さはノーバディをも狂わせる。
そういった理由で黒服のノーバディらは皆降って湧いた休暇に少なからず喜びに似た感情を抱いたに違いない。真面目が服を着たような男であるゼクシオンですら、張り紙を見たときはその表情に安堵のような色を浮かべていた。
「そりゃあ、休息は必要です。この気温というだけで体力を消耗しますし、よりによって我々の服は黒いし」
もっともらしく言いながらゼクシオンは長い廊下を先導して歩いた。張り紙を見て集まった機関員一同和やかな雰囲気になり始めていたが、某氏が浮かれて広間でお得意の放水を始めたので水浸しになる前にと早々に引き上げることにしたのだ。
マールーシャもそれに倣い相槌を打ちながらあとに続いていたが、不意に歩みを緩めるとゼクシオンは振り返って眉を顰(ひそ)めた。
「どうしてついてくるんです」
「どうして、とは? 貴重な休みじゃないか」
一緒に過ごすことに何の問題があるのだ、と問うとゼクシオンの表情は複雑なものになった。大方、部屋に閉じこもって本でも読むつもりだったのだろう。しかしマールーシャの提案を無碍にするのもどこか躊躇しているようだ。彼を困らせるのは無心ながらに愉快である。
ゼクシオンは少し悩む素振りを見せたが、すぐに納得したように再び前を向いて歩きだした。
「ま、いいでしょう。共謀者がいた方がこちらも分がいい」
「急に何の話だ」
「暑い日を乗り切るため、また英気を養うための重要なアイテムを入手しに行く任務です。失敗は許されませんよ」
任務だなんてまるで普段のような物言いにマールーシャは首をかしげるが、くるりと振り返ったゼクシオンはどこか狡猾そうな笑みを口元に浮かべていた。
「無事に遂行出来たら、僕の部屋で報酬にありつけます」
珍しく楽しそうな様子を見るに、どうやらこの策士様も稀有な夏休みに少なからず浮かれているようだった。
*このあとめちゃくちゃ厨房からくすねたシーソルトアイス食べた。
お題『夏休み』/機関員116