悪い虫 - 1/3
「はぁ……ん……」
くすぐったいような、痺れるような、甘い刺激が断続的に与えられ、体はすっかりその気になっている。自分の胸元に赤子のごとく吸い付いて離れないマールーシャの頭を、ゼクシオンは珍しく優しく抱いていた。
いつもはこんな愛撫をすることなんてない。手っ取り早い快楽を求めてすぐにでも体を繋げようとするものだったが、この日はなぜだか少し体を預けたい気分であり、相手もまた今日はなぜだかいつもより優しくしてくれる気があるようであった。
そんな気分だったもので珍しく自分の部屋に招き入れて、先ほどからぬるい愛撫をもうかれこれ数十分は続けているだろうか。服も脱がず、コートのチャックを下ろしてインナーだけをたくしあげ、マールーシャは飽きるそぶりも見せずゼクシオンの薄い胸の上の突起を丁寧に愛でていた。小さな蕾は断続的な愛撫を受けてすっかり赤く色づいている。
「……っ、そこばっかり……」
髪の毛をくしゃりと握ると、桃髪の男はようやく頭を胸から離して顔を向けた。深海のような蒼い瞳は楽しそうに揺れる。
「随分と気持ちよさそうだったからな」
「……そんなぬるい愛撫で満足させられているとでも?」
「どこなら満足できるんだ」
「……こっち」
大きな手を取ると、下半身へと誘う。
「はやく」
欲に濡れた瞳を満足そうに眺めると、マールーシャの手は無言のまま下腹部へと伸びる───
ドンドンと扉をたたく音が静寂を切り裂き、ゼクシオンは思わずびくりと肩を震わせた。
来客の予定なんてあるはずもなかった。マールーシャもゼクシオンの上に覆いかぶさった体制のまま目だけドアを睨むようにしてみている。返事をしないでいると容赦なく追撃がくる。
「ゼクシオン! いるんだろう。緊急だ!」
「……ヴィクセン、ですか……」
眉間に皴を寄せながらゼクシオンは身を起しかける。耳を食むようにしながら「放っておけばいい」と囁かれるのを尻目に
「そういうわけにもいかないでしょう」とため息をつきながらマールーシャを押し退けるようにして身を起こすと、乱れた衣服を手早く整えてコートを羽織りゼクシオンはベッドから降りた。
「その顔で出ていくつもりか?」
「貴方に出てもらうわけにもいきませんからね」
大人しくしていてくださいよ、と一瞥をくれるとドアへと向き直った。
*
ゼクシオンめ。この私を待たせるとはいい度胸をしている。
ヴィクセンはイライラを露骨にあらわしながらドアの前で靴先をこつこつと床に打ち付けていた。この私がわざわざ部屋まで来てやっているというのに、返事もせず一体何を……
がちゃり。
「遅いぞこの───!!、??」
「何です、騒々しい」
現れたゼクシオンの姿をみると、それまでの怒りは一瞬どこかへ吹き飛んでしまった。
普段、真面目が服を着ているような男だが、コートはファスナーも閉めずにだらりと着崩されている。表情は此方に負けるとも劣らない不機嫌さを前面に出しているが、その頬は紅潮し汗ばんでおり、心なしか目も潤んでいるように見える。
「お前、具合でも悪いのか?」
「余計なお世話です。貴方がうるさいせいでしょうね」
「なっ!!」
前言撤回である。
「緊急の用とは何なのです」
「──ふん、ゼムナス殿がお呼びだ。至急円卓の間に来られよとな」
「はあ……では支度して向かいます」
「急ぐのだぞ! ゼムナス殿の時間を無駄にするでない」
「わかりましたよ」
あからさまにため息をつきながらドアを閉められて、ヴィクセンは怒りに身を震わせながら闇の回廊を開いてその中に消えていった。
*
「ということなので僕は行きます」
ドアを閉めてから死角にいたマールーシャに一言声をかけると、ゼクシオンは黙々と身支度を進めた。
「名残惜しいな」
マールーシャはするりと歩み寄り青い髪に唇を落とす。さっきまで二人の間にあった甘美な空気はどこへやら、ゼクシオンは鬱陶しそうに腕をほどいて乱れたコートをきちんと着なおした。
「さすがに指導者の命令とあっては……」
ため息をついて小さく頭を振ると、見上げるようにしてマールーシャの目を見ながらゼクシオンは続ける。
「……また時間は作ります」
微笑むわけでも恥ずかしがるわけでもなく、ただ淡々とそう告げるとゼクシオンは目を伏せてコートのフードを手繰り寄せた。
「指導者の命令、ねぇ……」
俄然面白くない。当然だ。任務任務でろくに休みもないなかでようやく時間を作った矢先である。殊更にその原因がかの指導者様ともなると……
「ではまた」
闇の回廊を開いてその中へ片足を踏み込むまさにその瞬間、マールーシャは強くゼクシオンの腕を掴んでいた。
「他の者を優先されるのは感心しない」
「……はあ?」
すっかり冷めきった声で鬱陶しそうにゼクシオンは振り返った。
「呆れました、ご自分が指導者より優先されるご身分だとでも?」
「そんなもの欲しそうな顔のままでは指導者様に顔向けできまい」
答えにはなっていない、ものの、そのまま腕の力を強めて細い身を引き寄せた。闇の回廊がむなしく消えていく。
眉を顰めてまた何か言おうとしたゼクシオンが声を出す前に今度は此方からずずいと身を迫る。
「せっかく今日は優しくしてやる気分だったが」
強引に壁際まで追い詰めるとマールーシャはそういってやや乱暴にゼクシオンの肩を掴んで壁にぐいと押し付けた。
「……これではいつも通りだな」
「ちょっと、本気ですか?」
「お前が大人しくすればすぐ済む……向こうを向いて」
ゼクシオンの声にわずかに焦りが滲むが、マールーシャはそんなことにはお構いなしに耳元に顔を寄せて吹き込むように囁きかけた。火照った身体は本能に抗えず、ゼクシオンは言われるがままに壁に向かわされ手をつく。
「遅れてしまいます……」
「私のせいにしたらいい」
「そんなこと……ン……」
最後の抵抗もむなしく、躯体を撫でられるとつい息が漏れた。
「いい子だ」
耳元で甘く囁かれるともう相手のペースだ。強引な手付きに身を委ねながら、快楽に抗えなくなった自分にため息をつき、観念してゼクシオンは目を閉じた。