睡眠姦
本当は回廊を使って他人の部屋に無断で入ることは禁じられているが、この男は躊躇うことなく通いなれたその部屋へと降り立った。
もう夜になるが部屋の主は戻っていないようだ。部屋は薄暗く、大きな窓から差し込むかのキングダムハーツの輝きのみがこの部屋を照らしている。つかつかと歩みを進めるとベッドへと腰掛け、短く息をつきながらその男、ゼクシオンはフードを脱いだ。
まだ戻っていないとは予想外だった。目を閉じて五感を集中させても、まだ近くに彼の気配を感じることはできない。部屋を眺め渡してみるが、広い部屋はがらんとしており目に留まるものも何もない。ベッドでさえシーツには今自分がつけた皴以外の乱れはなく、本当にここで寝起きしているのかすら怪しいくらいだ。本を積んでいる分まだ自分の部屋のほうが生活感があるかもしれない。
あれこれと思いを巡らせながらゼクシオンは靴のままベッドに上がり身を伏せた。彼独特の花のような香も感じられない。仮にも先輩の僕を待たせるなんて。
「NO.11のくせに生意気なんですよ」
早くこのシーツを乱したい、などと胸の内では考えながらNo.6の男は独りごちた。
***
「おや」
その部屋の主は予期せぬ来客が自分のベッドで寝息を立てているのに気づくと小さく声を上げた。近寄って顔にかかる長い髪を払い、頬に手を添えるも客人は全く起きる気配はない。
こんなことなら任務を深追いせず帰ってくればよかったかと一瞬思い浮かぶも、同時に仕事に関して完璧主義なこの男がそんな自分に眉を顰めるところがありありと想像できて思わず苦笑する。
フードを脱ぐと紅色の花弁が舞い、恐ろしいほど白いゼクシオンの肌をかすめて消えていく。一瞬ではあったがそのコントラストの美しさに、No.11ことマールーシャはため息をついた。
彼がこの部屋に来た目的は当然わかっている。
手袋をはずして、もう一度頬を包むように触れる。伏せられたままの長い睫毛に欲情する。
「では、お望みのままに」
低くつぶやくようにして、マールーシャはベッドへ乗り上げた。
***
はっと目を覚ますと部屋の中は薄ら明るくなって窓の外は白んでいた。帰ってくるのを待っているうちにすっかり寝入ってしまっていたようだ。
彼は結局帰らなかったのだろうか?身を起こしてあたりを見回すも、隣に寝ているわけもなく、部屋の中は相変わらずがらんとしており、部屋の主が戻った気配は感じられない…
…と、はたと異変に気付く。
「靴、履いてない」
ベッドに横たわる際行儀よく靴を脱いだ覚えはなかった。膝丈のブーツは足元に立てかけられているし、その近くには同じく脱いだ覚えのないコートが畳まれている。
ため息をつくと手早く身支度を整えてさっさと部屋を後にした。よく調べれば身体にも何かしらの跡が残されているかもしれないが、確認する気も起きなかった。
***
後日談
「起こしてくれたらよかったのに」
「望み通りにしてやったが?」
「一人で愉しむなんて狡いですよ」
「無抵抗なものを好きに抱くのは新鮮だったな」
「悪趣味」
「次は策士殿が起きていられる時間に帰ると約束しよう」
「本当に生意気ですね貴方」
20180610