休日
「えー今日休みなのゼクシオン!!」
「そのようですね」
サイクスから渡された知らせの紙をホールに貼っているところに声をかけてきたのはデミックスだ。いつも眠そうに足を引きずりながらホールに現れるのに、休暇と聞いて眠気は吹き飛んだらしい。
「うわーめっちゃうれしい。何しよう! ゼクシオンは何する?」
「はしゃぐのは結構ですけど、明日からの任務に支障が出ないよう英気を養うことですね。僕は部屋で過ごしますよ」
「俺もゆっくり過ごすかあ。ところで張り紙の位置低くない? もう少し上に貼ろうか?」
「果てしなく余計なお世話です」
まったくNo.9の彼は心もないのにどうしてああも喜怒哀楽の表現が達者なのだろうと考えながらゼクシオンは城の廊下を歩いていた。
休暇の話が早くも出回ったのか、すれ違う者もいない。大方みんな部屋に閉じこもっていることだろう。資料室に立ち寄っていくつか読み物でも物色していこうか、などと考えていた折……
――殺気!!
ものすごい気配が接近してきたことに瞬時に気付いて身を構えようとするも、それを上回るスピードで背後を取られてしまった。後ろから伸びてきた腕に口元を抑えられ、腰にも手を回され、完全に自由を奪われる。
「ご機嫌麗しゅう、策士殿」
耳元でささやかれる声にぞわりとする。視界の端に紅色の花弁が舞う。
No.11の男、マールーシャが背後から自分を拘束していた。
「今日は休暇だそうじゃないか」
逃れようともがくゼクシオンを余所に涼しい声でマールーシャは言った。
「せっかくの休日を一人を過ごすのは勿体ないと思わないか?」
全力で首を振るもこうなってしまってはほぼ無意味であることをゼクシオンは本当は理解している。
「では、行こうか」
そういってこちらを覗き込んだマールーシャは怪しく微笑むと、否応なしにゼクシオンを闇の回廊へと引きずり込んだ――……
***
「マリアージュフレールは17世紀から存在した老舗のフランスの紅茶ブランドだ」
ことり、と眼前に置かれたティーカップからは湯気が立ち上り、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なかでもこのマルコポーロは特に香り高く私も贔屓にしている」
「はあ」
連行された彼の自室でゼクシオンを待ち受けていたのは優雅なティータイムだった。
「僕は珈琲のほうが好きだと前もお伝えしたはずですが」
「いつも飲んでいるのだろう。時間のある時くらい香りや味を楽しむといい」
ノーバディが優雅にお紅茶を味わうなんて、それこそ心があれば笑い飛ばしてやりたいくらいだ。No.9にたがわず、この男も時として妙に人間臭いところがある。
実のところゼクシオンは休暇のたびにこうして拉致されてはマールーシャの部屋で茶会の真似事をしていた。ゼクシオンにとってこの男の不可解な行為は迷惑半分、心の研究対象としては少々興味深くもあり、結局毎度の休暇の大半を彼と過ごしていた。振る舞われる紅茶と茶菓子は普段の生活では口にすることなど有り得ないような上等なものばかりで非の打ちどころはない。
「いただきます」
カップを手に取る。これもまた、こんな大男がどこで調達してきたのか見当もつかないくらい洒落たティーセットである。紅茶を口に含むとほのかに甘く、花のような香りが口いっぱいに広がった。
「如何かな」
「深みがあってとても上品な味ですね……おいしいです」
素直に感想を述べるとマールーシャは満足したようだ。
他愛ない話をぽつぽつとしながら時間はゆっくりと流れていった。
「ご馳走様でした。だいぶ長居してしまったのでそろそろお暇しますよ」
ティーポットが空になると、ゼクシオンはそう言って席を立った。
「次回は上質な珈琲のお話でしたら伺いましょう」
「ほう、またお付き合いいただけると?」
「……次の休暇があればの話です」
些か失言だったかと思いながらフードをに手をかける。
悪くはない時間だった。貴重な休暇の時間はだいぶ使ってしまったが、今からでも一人で過ごす時間は十分にある。
闇の回廊を開こうとしてかざした腕を、素早く掴まれて思わず顔を上げた。テーブルをはさんで向かいに座っていたはずの彼はいつの間にか眼前で微笑んでいる。
「急ぐことはないだろう、ゼクシオン」
声は優しいが掴まれた腕はびくともしない。部屋の隅のベッドを顎でしゃくるとマールーシャは短く続けた。
「抱かれていかないか」
「貴方ねえ……休日は残りわずかですよ」
ため息をついてゼクシオンはマールーシャに向き直った。前回の休暇は少々羽目を外しすぎてしまい翌日に響いたものだ。デミックスへの言葉は案外自分に向けての言葉だったのかもしれない。
「そういうのは休日前夜にいうことですね」
腕の力が弱まったほんの一瞬の隙をついて身を離すと、素早く回廊を開いてするりと身を滑り込ませた。
「ではごきげんよう」
してやったりと、策士は満足げに闇の道を進んだ。
このあと自室に戻ると優雅なる御仁が待ち伏せていて結局残りの時間も一緒に過ごすことになることを策士殿はまだ知らない。
11「あんな挑発するからだ」
おまけ
「ところでロビーの張り紙は随分低い位置にあったな。ヴィクセン殿には少々不親切なのではないか?」
「……あなたもレキシコン食らいたいですか?」
やけにロクサスに見やすそうな位置に貼ってあるなと思ったので。
20180610