あわあわ

 バスルームは、数少ないプライバシーが保証される場所の一つである。
 汚れを洗い流し身体を清めるための、他人に侵されざる神聖な場所。

 一人の空間で任務の疲れと汗とを流してゼクシオンは息をつく。厄介な戦闘を要する任務から戻ったばかりだった。
 泡立てたソープを身体に塗り広げていると腕の傷口に沁みた。戦闘で負った傷はあらかた回復魔法でしのいだつもりだったが、小さいものは見落としていたようだ。神経が昂っている最中は気にも留めなかった傷は熱い湯とソープに晒されると小さく痛んだけれど、これくらいなら自然治癒で十分だろう、と見て見ぬふりをする。
 戦闘によって研ぎ澄まされた感覚がまだ落ち着き切らず、御座なりに身体に泡を塗り広げていると、扉の外に他者の気配を察知した。

 ノックもせずにバスルームの扉が開いたので、ゼクシオンは振り返って嫌悪を露わにする。

「……来ていいなんて言っていませんよ」

 蒸気の先にマールーシャがいた。つい先ほどまで共に任務にあたっていた。共闘……と言えるほど協力をしたつもりもないけれど、膨大な数だった敵の群れの掃討にたった二人で臨むことができたのは彼の戦闘力があったためと言えよう。ともあれ、二人とも満身創痍で任務を終え、神経を昂らせたまま揃って帰ってきた先はゼクシオンの部屋だった。

 ……時として、任務の後、高揚のままに求め合ってしまうことはこれまでも少なからずあった。

 目が合ったらそのまま我を失ってしまいそうだったから、噛みつかれるようなキスも舌先が触れる前に押し返し、残り少ない理性でなんとかバスルームに入り込んだ。少し落ち着こう、と思った矢先だったのに。

 遅いとでも言いに来たかと思ったけれど、バスルームを使うつもりなのか、押し入るように入り込んできたマールーシャもまた服を身に着けていない。扉を閉めると、狭い浴室は男二人が立っているだけで閉塞感に溢れた。
 文句を言おうとゼクシオンは口を開きかけたけれど、剝き出しになったマールーシャの裸体を近くで目の当たりにしたら言葉を失ってしまった。隆起した筋肉、消えない古傷……花のような匂いに汗の匂いも混じって、扉の外からでも色濃く感じ取ることのできた彼の独特の気配は狭い浴室の中で更に濃厚にそばにあった。引き締まった身体にぶら下がった逸物がすでに信じられないくらい隆起しているのを見たら、思考は完全に停止してしまった。激しい戦闘による名残だろう。ゼクシオンとて同じ状態だった。

 マールーシャは構わない様子でシャワーノズルを手に取り自身の身体を流し始め、あらかた流したと思ったところで湯を止めるとゼクシオンを振り返り、「洗ってくれ」とにじり寄った。ぼんやりと相手を眺めていたゼクシオンははっとして手の中のスポンジを見た。

「なんで僕が……こっちもまだ終わってませんし」
「尚更ちょうどいい。狭いところで別々に動くのは得策ではないだろう」
「勝手に入ってきておいて何を」

 屁理屈のような物言いに呆れるが、マールーシャが更に一歩詰め寄ったので、迫る気配にゼクシオンはまたもぐらついた。もう肌が触れそうなくらい近くにいた。恥じらう心などないし恥じらう相手でもないけれど、互いに裸なのだ。その気があって部屋に来たことも否めない。

 眼前の躯体を押し返すように手に持っていたスポンジをマールーシャの腕に押し付け、豊かな泡が相手の身体に伸びていくのを横目に作業的に手を動かした。こちらが押し返そうともびくともしないので壁でも相手にしているのかと思うけれど、スポンジ越しに引き締まった肌の弾力を感じるとまたそれに気を取られた。がっしりした身体はかたそうに見えるが独特の肉感がある。身体が泡に覆われるにつれ、二人の間に広がるソープの香りが濃厚だった彼の纏う気配に勝っていくのを、ゼクシオンは手を動かしながら何とも言えない気分で感じていた。

 広い胸に泡を広げていると、不意にマールーシャがスポンジを薙ぎ払う。

「なっ……?!」

 スポンジを追う視線を割ってマールーシャがもう一歩踏み込んだ。肌が密に触れてゼクシオンは息を飲む。
 抱きすくめるように身体を密着させて、マールーシャは耳元で「動いて」と囁いた。吹き込まれるような声にぞわっとした。触れる肌は熱く、皮膚の下から鼓動を感じる。心臓もそうだけれど、逃げようもなく押し付けられた下半身の熱もまた滾る脈動をゼクシオンに主張していた。泡に濡れた肌がぬるりと摩擦なく滑る。マールーシャが身体を押しつけてくる。待てないのは、ゼクシオンも同じだ。

 とはいえどうしていいかわからず、腕を回し相手の背に触れた。自身の泡を相手に擦り付けるように、その泡を広げるように、広い背中に腕を伸ばしていった。マールーシャがまた身体を押しつける。壁と相手とに挟まれながらも、いつのまにか自分が相手を腕の中に抱いているかのような格好になっている。
 前が当たる。肥大したマールーシャのそれがゼクシオンの腹に当たっている。そこだけ体温が違う。別の生き物を抱えいているようだ。

 もどかしいゼクシオンの動きにしばらくマールーシャは身を委ねていたけれど、やがて物足りなくなったのか、自ら身体を揺すり始めた。泡によって動きは滑らかだった。うごいて、とまた促され、マールーシャがするようにゼクシオンも黙って身体を押しつけた。動いてと言われてもやっぱりどうしていいかわからず、膝の屈伸で触れ合う部分を撫でるような動きしかできない。それでもマールーシャは熱い吐息を漏らすと、ゼクシオンの濡れた髪の毛を掻き分けて露わになる額や耳に唇で愛撫をして情を煽った。

 そうした微弱な触れ合いを続けているうちにいつしかゼクシオンも身体を熱くし、二人の間では性器同士が互いに熱を押し付け合っていた。マールーシャの手が添えるように触れ、自分のそれと触れ合わせ腹の間に抑え込んだ。無言で続きを促され動きを再開すると、局部に走るゆるやかな刺激に思考が支配される。ばらばらに動くとそれぞれの動きで刺激が増して気持ちいい。泡で包まれ、何の摩擦もなく動くことができるけれど、逆にそれが物足りない。動きに段々と力が増していく。ずっとこうしていたい一方で、もっと刺激が欲しい。いつしかゼクシオンは喘ぐように浅く息をしながら夢中で相手に縋りついて快楽ばかりを追求していた。

 やがてマールーシャの手が肩を掴み、ゼクシオンは壁に向かって反転させられた。壁に手を付き見下ろすと自身も十分に屹立しているのが見え、そしてすぐに伸びてきたマールーシャの片手の中に再び握り込まれる。

「あっ」

 直接的な刺激を受け思わず声を上げた。
 マールーシャは決して強く扱うことはせず、柔く手の内に収めながらその形状を手のひらに楽しんでいるように思えた。またしてももどかしい刺激しか得られず、泡を纏う手が表面ばかりを撫でていくのをゼクシオンはたまらない気持ちでされるがままでいる。縋ろうとした眼前のタイル地の壁も、泡で滑ってうまく力を入れられない。

 すぐに背後に相手の気配を感じた。腰のあたりに当たった熱は、尻の割れ目に割り込んでずしりとその身を沈ませる。この後の展開へ期待に満ちたのは一瞬、けれどマールーシャは一向に動こうとはせず、ゼクシオンへの愛撫ばかりが続いた。下腹を押すように撫でられ、身体の奥がさらなる熱を欲する。
 歯がゆい愛撫にしびれを切らし、ゼクシオンは再び自分で動き始めた。壁に手を付き身体を前後にゆすると、自分の尻肉の間で相手の熱を舐めるように感じることができた。こんなにも摩擦なく動くことができるのに、その滑らかさはそこに在る熱く硬い存在を際立たせている。はあ、とため息のような吐息ばかりがこぼれる。もう、これのことしか考えられなかった。

 もどかしさを極め、ゼクシオンは踵を少し上げて高さを合わせにいった。身体を突き出すような格好で相手に身を委ねる。普段なら絶対にこんな真似はしない。でもここはバスルームで、自分は身体を洗っていただけで、乱入してきたのは相手の方だし、僕は先にいて、そうしたら向こうからちょっかいをかけてきて、だから……

 先端が割れ目の部分に触れた瞬間、並べていた言い訳は霧散した。
 思考を押し退けるようにして、そのまま熱が自分の体内にめりこんでいく。

「あぅ……う、ん……!」

 後ろからの衝動にゼクシオンは身を反らせた。身体の表面は泡まみれで摩擦の抵抗をほぼなくしていたけれど、内部への慣らしが不十分だったせいで挿入はかなり窮屈だった。けれど泡を纏ったマールーシャ自身は、狭いながらも中を一直線に進んだ。勢いに乗じ半身が壁に押し付けられる。身体を支えるため縋るように手を付いたタイルは冷たく頬に心地よい。

 下半身が完全に密着するほど深くまで潜ると、あとはマールーシャの動きに身を任せていればよかった。身を任せる他なかった。両手でしっかりと腰を掴まれされるがまま、逃げることなどできない。
 いままでのもどかしさは何だったのかと思うくらい、的確にゼクシオンの苦手な部分ばかりを攻めた。黙ったまま、淡泊に快感だけを追求する動きが直情的でよかった。背後から突かれる度に喉の奥から押し出されるようにして声が漏れ、ため息のようだった吐息はいつしか、息の上がった獣のようになっていった。何も考えられず、与えられた快楽で脳内が塗りつぶされていく、そのさまはまさに獣的だった。

 後ろからの律動に合わせて虚しく宙を揺れている自身をゼクシオンは自ら握り、泡のついた手で扱いた。前後両方の刺激で、もういつ達してもおかしくない。だらしなく開いた口の端から唾液が垂れても、わかるまい、とそのままにした。小さな四角い空間で身体を打ち付け合う音と自分の漏らす声ばかりが反響して、置かれた状況を思うとさらに興奮は高まる。

「も……むり、ぁ、あっ……」

 限界が近いのを感じゼクシオンは喘ぐ。何を言おうがマールーシャには届いていないようで、淡々とした律動がひたすら続いた。
 徐々に体内で熱が高まるなか、自分の声に紛れて相手の吐息を聞き取った瞬間、ゼクシオンの手の中で熱い体液がだくっと溢れた。歯を食いしばるようにしてその放出から襲い来る解放感にゼクシオンは身を震わせていたが、体内が収縮したのを感じ取ってか後ろからの動きも更に勢いを増す。

「ま、ってまだ、いって――ああっ」

 力ない抵抗などないも同然である。
 前への刺激を塗り替えるように、今度は腹の奥が滾っていく。容赦の無い動きにゼクシオンは壁に半身を預けされるがまま、与えられる暴力的なまでの快楽に身を委ねることしかできないでいる。足が震え、立っていることがやっとのなか、けれどマールーシャは動きを緩めなかった。

 なにも考えられず、もうだめ、いく、いく、とうわごとのように繰り返していると、伸びてきた手が顎を掬った。上を向かされ、朦朧とする視界の先に、獣のような目で自分を見ているマールーシャと目が合う。全てを見透かすようなその眼差しに捉えられた瞬間、身体の奥が急速に収縮する。相手の脈動を直に体内で感じる。

「っっ――……!!」

 声にならない声を上げ、マールーシャがそこに噛みつくようにして唇を重ねた。触れ合う舌先の動きも、またなめらかだった。
 全身を密着させながら、もう果て尽くしたゼクシオンの身体をマールーシャは更にうがち続け、ほどなくして奥深いところで彼自身の解放をも許した。皮膚に喰い込む爪の鋭さ、濃密な花の香りを受け、全身で相手を感じゼクシオンは言葉にできない感覚に襲われる。もう、何もいらない――刹那、そんなことまでもがよぎる。

 身体を抱くマールーシャの力が少し弱まると、途端に全身から力が抜けてゼクシオンは膝を折った。おっと、と言いながらマールーシャが抱え直そうとしてくれたが、縋る力すら残っておらずずるずるとそのまま滑り落ちていく。床に手を付いて、まだ収まらない呼気の速さと鼓動の響きを耳の奥に感じている。意識を保つので精いっぱいだ。

「大丈夫か」

 そう覗き込むマールーシャはもういつも通りの余裕を湛えていて、満足そうでもあった。
 息も絶え絶えに相手を睨み返しながら、ゼクシオンは自分に向けられたさきの獣に似た眼光が忘れられずにいる。

 

20250305