117 宅飲みで酔って絡み酒

 ゼクシオンを酒の席に誘うのは、下心よりも単に交流を目的としたものであることがほとんどだ。
 とは言え、彼と杯を酌み交わしたところで何か新しい情報が得られるわけでもなく、話が盛り上がるわけでも、胸の内を明かしてくれるわけでもない。酒に酔っていつもと違う一面を目の当たりにできる、なんという美味しい話があるわけでもない。こんな時くらいその冷静な仮面を外して年齢相応の無邪気さを窺わせてくれたっていいように思う。けれど彼はいつ何時、どんな代物を用意しても、顔色一つ変えず、呼吸も乱さず、冷めた目をしてそのくせ杯だけ進めていく。勝ち負けなど競うわけではないが、結局最後は酒が尽きるかマールーシャが音を上げるかで幕を閉じることが多い。そしてそんな時ばかり、ほんの少し勝ち誇ったように満足げに頬を緩めるゼクシオンを見ることができるのは、彼を酒の席に誘う唯一の美点と言える、かもしれない。
 兎にも角にもとんだざるなのである。ひょっとしたら笊を超えて枠だけなのかもしれないとさえ思う。

「もうないのか」

 空いたグラスに追加で注ごうとしてマールーシャはテーブルの上のボトルを取り上げたが、軽く振っても水音がしない。ぼんやりとした頭で濃い色の硝子の奥をじっと見つめた。

「もう寝たらどうですか。そのボトルはとっくに空です」

 空になった二つのグラスとマールーシャの手からボトルを取り上げながらゼクシオンは面倒そうにベッドの方をしゃくった。酔っ払いの相手は御免だとありありと顔に書いてある。勝手に寝に行けということらしい。

「連れて行ってくれ」

 マールーシャはそうおどけてみせた。マールーシャの私室であるにもかかわらず律儀に使ったグラスを片付けてくれていたゼクシオンは呆れたようにこちらを見下ろしていたが、やがて近寄ってくると無表情のままマールーシャに向かって手を差し出した。自分のそれよりかは華奢な腕に捕まり立ち上がる。もちろん歩けないほど酔っているはずはないのだけれど、彼が世話を焼いてくれるのはかなり稀少なことである。甘えないわけにはいかない。

 手が触れると、熱い、とゼクシオンが呟いたのが聞こえた。彼の方は笊かもしれないが、互いに飲んでそれなりにアルコールは回っているのだ。
 ベッドの手前まで来るとマールーシャはゼクシオンの肩を掴み体重をかけた。

「その手には乗りませんよ」

 そう言ってゼクシオンはくるりと身を翻してマールーシャをベッドに突き飛ばした。支えを失った身体はそのままぼすんとベッドに倒れ込んだ。相手の姿を探して仰向けになると、ぐるりと視界がかしいで気分が良い。なんだか愉快になってきてくつくつとこみ上げる笑いを嚙み殺しているのを、珍獣でも見るようにゼクシオンは遠巻きに眺めてる。

 目が合ったので、おいで、と言ってマールーシャは手を広げた。きっとまた軽くあしらわれるだろう。今度こそ呆れて帰ってしまうだろうか。そんなことを考えていたが、ゼクシオンはほんの少し考える素振りを見せたものの、予想に反して素直にベッドに上がってきた。
 スプリングを呻らせながら覆いかぶさるようにしてゼクシオンはマールーシャを覗き込んだ。爬虫類のように冷たい目がこちらを見下ろしている。あれだけ飲んでも全く顔に出ないさまに感心する。白い肌はまるで熱をもっていないようで、触れたら気持ちよさそうだ、と熱に浮かされた頭でマールーシャは考える。澄んだビー玉のような青い目を、もっと近くで見たい。手を伸ばし背に回し抱きかかえると、ゼクシオンはまた『熱い』と呟いた。しかし逃げることもなく、彼の方から顔を埋めてきた。どちらからともなく甘く酒の匂いがする。

 腕の中でゼクシオンが動いた。言葉なく、押し当てた身体を静かに揺らしている。もどかしさにマールーシャが背に回す手に力をこめると、その圧を感じてまた彼も体勢をずらした。顔を胸に埋め膝で体重を支えながら、おさまりのいい場所を探している。簡素なベッドが軋んで音を立てた。腕の中の体温はみるみる上がっていき、酔いも相まって心地よい。身体に触れる部分が全て熱い。
すっかり参ってしまってマールーシャはゼクシオンの頭越しに天井を仰いだ。爬虫類のような冷めた目をしておいて、服の下にこんな熱を隠していたなんて。

 相手の動きに身を委ねるのは心地よかった。永久にこれが続けばいい、と思っていた矢先、ゼクシオンは始まった時と同じように緩やかに動きを止めた。脱力していく身体を抱きながら、マールーシャは続きを促すように下から揺する。

 

「……ぐう」
「え?」

 寝たの? どうするつもりだ、これ……。

 

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今日の116
宅飲みで酔って絡み酒。最終的に気分を悪くし介抱された挙句抱き着いたまま寝落ちる。