気を付けろ
古くからいる機関員は新しく入った機関員の任務に同行し、任務の遂行に関してノウハウを伝授したり、まだ慣れていないであろう与えられた属性を使いこなせるよう指導をするのだ。一方で新人の能力を見定めることもぬかりない。適性を見出すのはもちろん、機関にどう利益をもたらしてくれるのかを測るためだ。機関員もようやく十人を超えて着実に力を増しているようにも思えるが、機関の目指す『大いなるキングダムハーツの完成』のためには人員がどれだけあっても余ることはないのである。
「……戻りましたか、レクセウス」
任務からの帰還を待っていたゼクシオンは、レクセウスの姿を見付けるなり声を掛けるとひと気のない場所へと二人で移動した。
「どうです、新人の様子は」
そう言って古くからの仲間の表情を窺う。寡黙な男で表情の変化も少ないが、眉間の皺がいつもより濃いところを見るにあまり好ましい報告は期待できないのだろう。
「掴みどころのない印象だ。終始張り付けたような笑みで胸中を隠していて彼の思惑はほとんど読み取れん。教えには従順だが、まだ相手も我々の様子を窺っていると見える」
「……十一番目、マールーシャですね」
ゼクシオンは名前を思い出しながらつい先日新しく機関入りを果たした男の容姿を思い出そうと試みる。円卓の間で皆の前に姿を現した彼は、戦闘能力の期待できそうな体格のいい姿だったように思う。かと思えばフードを脱いだ時に広がった桃色の長い頭髪がまるで女性的にも思え、その対照的なさまが印象的だった。属性によるものなのか、一瞬あたりに花弁のようなものが舞い、そして消えていくのを皆物珍しく眺めていた。そういった特徴が目に見える形で表面に現れる機関員はこれまでにいなかったのだ。
「おそらく相手を選んでいる節がある。昨日ヴィクセンが任務に同行した際はまた違った印象を受けたと聞く」
「というと」
「慇懃に見えてこちらを見下す態度が透けて見えると」
「まあ彼は年下からも舐められやすいですから」
「気を付けろ、ゼクシオン」
レクセウスは顎を引いて一層険しい表情になった。
「筋は悪くない。戦闘能力としても申し分ない。頭も切れる。彼が本当に機関の同志として動くならば大いに機関の益となり得るが、仇なす者となれば厄介な相手となろう」
「まずはその見極めが重要ですね」
ゼクシオンも頷くと抱えていたレキシコンを撫でて呟く。
「彼の動向にはしばらく注目しておきましょう」
静かなる豪傑は珍しくよく喋ったその反動か、あとはむっつりと黙り込んで小さく頷くのみだった。
翌日の任務は、予定通りゼクシオンがマールーシャの指導に当たるべく共同での任務が用意されていた。
彼のことは円卓の間での紹介以来姿を見もしなかったので、面と向かって対峙するのは初めてである。思わず見上げてしまうような対格差だが、臆することなくゼクシオンは前に出ると名乗り挨拶をした。マールーシャもまた、まるで品定めするかのように上から下まで眺め渡してからよろしく、と微笑んだ。その視線にやや不快感を覚えないわけではなかったが、接するところ物腰は柔らかく分別を弁えているように思えなくもない。
しかしどんなに有能で有益であろうとも、ゼクシオンはこの新入りの機関員を信用するつもりなど毛頭なかった。
(絶対に腹の底を暴いてやる)
そんな思いで先を歩く男の背中を睨み付ける。
20220814