003 思い出
舌先に触れる冷たさはよく知ったものだ。口に含むと口内に広がる塩気、そして徐々に甘みへと変わっていくその変遷にゼクシオンは神経を集中させる。自分の中で唯一といってもいい過去の記憶に触れる行為でもあった。
「……これのどこがいいんだか」
隣りから不満にも似た声が上がるので、ゼクシオンは現実に引き戻された。見れば隣ではマールーシャが、眉間に皺を寄せながらも同じようにシーソルトアイスを手にしていた。貴重な休日、暑さのあまり厨房から失敬してきた品物だ。彼の方はというとこの変わった風味を好ましく思っていないようで、終始何とも言えない表情を浮かべていた。
「不味いなら食べなくていいですよ」
「不味いだなんて言っていないだろう。妙な味に理解が追い付かないだけだ」
そう言うとマールーシャは大きな口で棒に残っていたアイスを一口で食べてしまった。ぞんざいにも思える扱いにゼクシオンは思わず顔をしかめる。
幼い頃、自分にとってアイスはご褒美だった。大人に紛れて研究所に出入りし、研究に関わる文献や機材を運んだり、時には実験の中で簡単な手伝いなどをさせてもらっていた。人見知りで殻にこもりがちだった自分がシーソルトアイスには積極的に手を伸ばしたがることに気付いた周りの大人たちは、そういった手伝いのたびご褒美と称したこの氷菓子を彼に与えたものだ。食べ終わったあと、残ったアイスの棒に何か書かれていないかを確認するところまでが一連の楽しみだった。何本かに一本あるといわれているあたりのついた棒に、当時はまだ子供らしく夢を見ていたように思う。幼少期を経てこの身体に至るまで幾度となく口にしてきたが、これまでそのあたりとやらにはお目にかかったことがない。
こっそりとマールーシャの手の中の棒に目をやるが、どうやらあたりの文字はなさそうだったのでゼクシオンは少し安堵した。それでいて、この男に対して妙なところで対抗意識を持ってしまう自分に気付くとまた少しうんざりもした。
「機関の者たちの中でも何人かはこれの話をよくしているな。どこかで流行っているのだろうか」
「幼い頃はみんなそれなりに口にしたんじゃないですか。子供なんてそういうものでしょう、ご褒美だとかで買い与えられたりして」
「それは、お前の過去の話か?」
ゼクシオンは顔を上げてマールーシャを見返した。にやにやと口元に笑みを浮かべながら、興味深そうに返事を待っている。
「……さあ、そんなものは覚えていませんね」
素っ気なく言うと、溶けかけて柔らかくなった最後の一口を口に含む。
残った木の棒に何も書かれていないのを確認すると、過去の記憶を振り払うように屑籠の中へ投じた。
お題『思い出』/機関員116