004 星/夜空

※機関員116



「眠れないんですか」
 隣の男に声を掛ける。突然呼ばれたマールーシャは驚いたように振り返った。いつもならもうとっくに寝入っているはずのゼクシオンが声を上げたせいだろう。
「起こしたか」
 悪いな、とマールーシャが笑うのにゼクシオンは首を振る。
 マールーシャはベッドの上で身を起こしただけの姿勢で窓の外を見上げていた。おやすみと言い合ってからもうそれなりに時間がたっているが、彼が途中眠っていた様子はない。身体を抱いていた腕が静かにほどかれ、やがて起きだして窓の外を眺め始めたので、つい声を掛けた。普段と様子が違うのを気にしているうちに眠気はどこかへ行ってしまった。眠れないでいたのはゼクシオンも同じだった。
 毛布がはがれないようにしっかりと身体に巻き付けてから、起き上がってゼクシオンもその隣に並んで座り直した。そっと隣をうかがいみるが、マールーシャは無心で空を見上げている。
「星を探していた」
「えっ、星?」
 意外なマールーシャの言葉にゼクシオンは思わず窓の外に目を向けた。漆黒のダークシティの空にはただひとつ、未完成のキングダムハーツを除いて夜空に光るものなどなかった。今夜に限らず、ここで広い窓の向こう一面に広がるのは天鵞絨(びろうど)の幕のような黒一色だけ。
「ここでは星は見えませんよ」
「見えないものを追い求めることに浪漫があると思わないか」
「……さあ……」
 マールーシャの言わんとするところがよくわからずゼクシオンは返答に窮した。
 マールーシャが極めて野心的であることはゼクシオンのみならず機関員らの中でも知れていたし、それゆえその動向には常に目を光らせておくようにという指令も、また一部の機関員の間に通達されていることだった。機関員としてはまだ新人であるマールーシャは謎めいた部分も多いが、この小さな機関に彼を留めておくのは困難なことのようにゼクシオンには思えてならない。
 尚も見えない何かを求めている真剣な横顔に得体のしれない焦燥を感じ、思わず手を伸ばして相手に触れた。
「……僕、寒いと眠れないんですよね」
 思ったよりも拗ねたような声になってしまった。けれど、ようやくマールーシャが夜空からこちらに意識を向けてくれたのが分かると、少し安堵に似た気持ちが湧いた。手の届くうちはせめて彼を繋ぎとめておきたいと思うこの気持ちは何なのだろう。

 彼の言う見えないものを追い求めることとは、欠落した心を求めるノーバディの性(さが)に似ているようにも思えた。



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