006 ただいま/おかえり
※シリアスめ
「その、桃色の花を一つください」
イェンツォがそういうと、花屋の少女は微笑んでバケツの中の花を一本手に取った。
「贈り物ですか?」
「あ……ええと、自分用に」
気後れがちにイェンツォは言うが少女は何ということもなさそうに頷いて、茎を適切な長さに切り落としてから白い包装紙で手早く包んでくれた。シンプルだが、凛とした花がよく映えていた。
「この時期がちょうど見頃なんです。一晩も活けておけばきれいに咲くと思います。香りはないけど、華やかでお部屋を明るくしてくれますよ。名前を、ダリアといいます」
親切に少女が説明してくれるのを、イェンツォは曖昧に笑みを浮かべて聞いていた。説明されるまでもなく、その花のことはよく知っていた。
支払いを済ませるとまっすぐ城に戻った。敷地内に入ると、近くに知り合いがいないことを確認しながら気持ち足早に自室へと向かう。いくら心を得てかつての自分より明るく振る舞うようになったからと言って、花を買って帰るようなたちではないからだ。
首尾よく誰にも見つからずに私室へたどり着くと、すぐに買ったばかりの花を包装から取り出した。用意のあったガラス瓶に水を汲んで、花を挿す。大きな蕾のせいで頭が重たいのか、瓶の縁にもたれ掛かるように細いからだを預けている。折れてしまわないだろうか、とはらはらするが、そんなに柔ではあるまい、などと勝手に思いこんでいる自分がいる。
研究者たる自分なんかが花なぞにうつつを抜かし、更にそれだけでは飽きたらず人目を忍んでまで買い込んでは部屋に置くようになったのは、間違いなくあの男のせいだとイェンツォは思っている。
レイディアントガーデンはかつて目にしてきた世界の中でも他に引けを取らず花を愛でる文化がある世界だ。再びこの世界での生活が始まると、居住区の入り口や庭を彩る花の多さにすぐに気付いた。色とりどりの花を見ていると、かつての記憶がよみがえり複雑な心境になる。
心を宿してからの日々はめまぐるしく矢のように過ぎ去った。町の再建にも賢者の弟子一同積極的に取り組んだ甲斐あって現在はかつての姿を取り戻すことができた。向き合うべき研究や課題も山積みで、忙しいながらに充実した生活と言えよう。
けれど、一番会いたい人物には会えぬままだ。
「……早く帰ってきてくださいよ。あんまり放っておくと、忘れてしまいますよ」
窓辺に置いたダリアの蕾を指で突いて、イェンツォは小さく笑った。
もはや自分に世界を渡る術(すべ)はない。会えるとしたら、彼が目の前に突然現れてくれることを祈るしかない。
そんな都合のいいことなど起こり得ぬと知りながらも、花を買っては彼に重ね、目の前にたった彼を笑顔で迎える練習をしている。
お題『ただいま/おかえり』/11←イェ