007 青空

※機関員11+6
※犬猿の仲



 背中には柔らかな草の感触を感じる。穏やかに吹き抜ける風を受けて、あたりの草花の葉擦れの音が心地よく耳に届いた。与えられた能力と呼応するのか、植物の近くにいると落ち着くような気がする。
 両手を頭の下で組んで草原に寝転んでいたマールーシャはぼんやりと空を見上げている。あまりに良い陽気なので、このまま昼寝でも決め込もうか、と考えていた矢先。
「こら、サボり魔」
 突如視界に黒い影が割り込んできたのでマールーシャは眉をひそめた。
「どいてくれないか、影になる」
「光合成中ってわけですか?」
 皮肉めいた口調で言いながら、しかしその人物は頑として動かない。「任務中にこんな真似、許した覚えはありませんよ」
 任務という単語を聞くと、マールーシャは自分の置かれた状況を思い出してうんざりした。渋々と目を開けて半身を起こすと、同じ黒服に身を包んだ男が腕を組みながら仏頂面でこちらを見下ろしている。マールーシャに負けず劣らず不機嫌そうだ。
「ナンバー11。戦闘力は申し分ないのに、相手を選んで任務の手を抜くという噂はどうやら本当みたいですね」
「そんな、戦闘力のみならず頭も切れるだなんて買い被らないでくれ」
「僕の話聞いてました?」
 怒り心頭の先輩を余所にマールーシャはため息をついた。
 紆余曲折あり身を置くことになったこの黒装束集団、もとい十三機関とやらで任務に明け暮れる日々だった。時には戦闘を要する難易度の高い任務が振られることもあるが、大抵は地域調査だったり雑魚敵の排除だったり、子供のお遣いのような雑事ばかり。おまけに逐一報告書の提出まで求められるし、加えて入ったばかりのマールーシャは新人扱い故、何をするにも誰かしら他の機関員が同行していることもまた窮屈なものだった。相手を選んで手を抜いているのは事実だ。それをすでに彼が掴んでいたのは想定外だったが。
「貴方がたのやり方とやらはあらかた理解した。ので、今後私のことは放っておいてくれて構わないのだが」
「そういうわけにはいきません」
 片眉を吊り上げながら(というのは長い前髪のせいで彼の顔は半分ほど覆われているのだ)彼は続けた。
「機関は人手不足なんです。新人のサボリを見逃していられるほど余裕はないんですよ」
 厄介なところに所属してしまったものだとマールーシャは胸の内で嘆いた。先日任務に同行した青い長髪の男もなかなか扱いづらかったが、こっちはこっちで口やかましいところが面倒だ。
「心配は無用だ。飯事(ままごと)にも満たない雑事などとっくに済ませてある。陽の当たる世界は久しいから、少し帰りがたかっただけだ。植物に光は必要だろう?」
 適当なことを言い並べるが、彼は不審げに見返すものの反論はしてこなかった。
 ふと、この年若き先輩が真面目にこの機関に従事していることに少し興味を抱いた。
「……そういえば先輩のお名前を伺っていなかったな」
「何言ってるんですか、一番最初に名乗りましたよ」
「何人機関だか知らないが人の名前を覚えるのは苦手なんだ」
「ゼクシオンです。以後お見知りおきを」
 つっけんどんに言うと彼は――ゼクシオンは帰りますよ、と短く言い闇の回廊を呼び起こした。仄暗い闇の色をした回廊がぽっかりと口を開けて二人を待ち受けている。
「あの城のある世界にも、陽の光が届けばいいのに」
 澄み切った青空を見上げてマールーシャは言う。
「そうすれば、花が育つだろう」
「派手なのは貴方の頭だけで十分です」
 ぴしゃりと言って彼は踵を返した。マールーシャの桃色の髪の毛のことを言っているらしい。
 マールーシャは立ち上がって身体に付いた草を払うと、口の減らない先輩の後に続いて帰路についた。



お題『青空』/機関員11+6