009 雨

※機関員11+6

 

 雨に煙るダークシティにマールーシャは佇んでいる。降りしきる雨の中で、元来の暗さも相まって視界は悪い。しかしどんなに視界が悪くても、止まぬ雨の音に耳が囚われても、敵の気配ならば手に取るようにわかる。
 暗闇に潜む敵の微かな動きを察知すると、マールーシャは音もなく地を蹴った。一帯に無数のシャドウが湧きあがるのがほぼ同時だった。一寸先も見えないほどの雨の中をほとんど感覚で飛びながら手に握った鎌を大きく振りかぶると、蔓延る黒い塊に向かって切りかかった。振りかざした刃先が相手を捉える手応えを感じる。一帯の敵を見るに、数は多いがこの程度ならば自身に宿る特殊な能力に頼らずとも鎌による攻撃で掃討できるだろうと推測を立てる。
 コートは雨に濡れその重みを増したが、そんなことはおくびにも出さない軽快さでマールーシャは次々と湧いて出る敵を桃色の刃で確実に捉えていった。いつもは優美に舞う花弁も、今日は雨に打たれ無惨に落ちる。紅い花も敵の断末魔も雨の音に搔き消されていく。ネオンの輪郭が滲む濡れた街に、桃色の刃が躍る。散らせどまた現れる敵を見据え、マールーシャは鎌の柄を握り直す。

「――もう結構ですよ」

 不意にもう一人の声がした。鎌を構えたまま目線を送ると、敵の群れの向こうに同じ黒コート姿が見える。彼が一歩踏み出すと、相手が増えたことに気付いてかシャドウたちは一転して逃げるように闇に紛れてその姿を消していった。闇のざわめく音が消え、辺りに聞こえるのは再び雨の音だけとなる。
 夜の街に取り残されたマールーシャは鎌を下ろすと手の内に消し、離れたところで濡れないようにこちらを見守っていたゼクシオンの元へと戻った。息は乱れていない。

「今日は少し雑だったんじゃないですか。いつもより取りこぼしが多かったように思います」

 植物は雨と相性がいいのかと思いましたけれど、などと全く悪びれる素振りなく言ってのけるゼクシオンに舌打ちしたい思いに駆られた。この天気の中で淑やかにに振る舞えるものならまず手本を見せろと言いたいが、もちろんそんなことは表には出さない。
 新人研修だとかいう名目で、ここしばらくは任務のたびに他の機関員が同行している。任務のこなし方を教えるなどというのは建前で、本当はマールーシャの実力を図ろうとしているであろうことは明白だ。
 濡れた前髪が目に掛かるのを、マールーシャは乱雑に掻きあげた。視界が良好になって改めて振り返れば、よくこの中で動き回ったものだと自分でも感心したくなるほどの破天荒である。
 ふと視線を感じて顔を上げると、静かにゼクシオンが視線を外したところだった。……なにを見ていた?

「戻りましょうか。雨もひどいことですし、早く着替えた方がいいでしょうから」

 ゼクシオンは表情を変えずに闇の回廊を呼び起こすとマールーシャに先を促した。

「熱いお茶くらいなら淹れて差し上げますよ」

 

お題『雨』/機関員11+6

*この後、かろうじて水に色が付いたみたいな茶を飲まされて「お前は茶も満足に入れられないのか?!」から始まって紆余曲折を経てラブに至る116