№6の不在 - 1/2
一人は寝坊常習犯のナンバー9。彼はいい。部屋まで行ってクレイモアで扉をこじ開けてベッドから引きずり下ろすのはもはやルーティーンと化していた。ほかの機関員が片付いてから向かえばいい。
残るはナンバー11。この男もまあいい。行動はあまりパターン化されておらず、早く来るときもあれば遅い日もある。任務自体はきっちりこなしてくるから特にその点に関しては問題ない。その能力の高さから、任務にかかる時間が見合わないのは少々気になるところではあるが今はさておき――いったいどこで道草を食っているのやら、奴の動向には別途注意が必要である――気掛かりなのは、ナンバー6だ。
真面目が服を着たような彼は、普段ならば機関員の中でもかなり早い段階で任務を受けに現れる。こんなに遅くまで現れなかったことは過去になかったはずである。もし次に現れるのが6番の彼でなかったら、先に様子を見に行った方がいいかもしれない、などとサイクスが思案している矢先、ブーツが硬い床を踏む音が廊下の方から聞こえてきた。その足音を聞けば、どうやら懸念した事態になりそうなことがわかる。カツン、カツンとゆったり堂々と歩く音は、6番とも、ましてや9番とも違う。余計な仕事を増やしてくれるな、と半ば祈るような気持ちで廊下を見やるが、果たして、ロビーに現れたのは目に鮮やかな桃色の頭髪をしたナンバー11、マールーシャであった。期待外れではあったが、現れた彼がフードを被っていないのを見てサイクスは安堵に似た感情を抱いた。フードの着脱のたびにちらと舞う紅色の花弁の鬱陶しさと言ったらない。
「おはよう副官殿。いい天気だな」
そういいながらマールーシャは天井まで高く伸びる大きなガラス張りの窓の外を見る。代り映えのしない真っ暗なダークシティがあるのみだ。
「全くだ」
名簿に目を落としたまま目もくれずに温度を感じさせない声色でサイクスは返事をすると、マールーシャに課す任務を読み上げた。ふむふむと頷くマールーシャを追い払うように手を振る。
「わかったらさっさと行け。あとフードは離れてから被れ」
「私の任務は把握した。もう一人分請け負おうか」
「なんだと?」
思わぬ提案にサイクスは片眉を上げる。
「まだ来ていないのだろう、6番目の彼は」
知ったような顔でマールーシャが言うのでサイクスはじっと相手を見据えて思考を巡らせた。一体何の縁があって彼は他人の任務を請け負うなどと言い出すのだろうか。
「機関の参謀様でも意外と考えていることが顔に出るのだな」
サイクスがむっつりと黙り込んでいるのを見てマールーシャは苦笑しながら弁明するように言った。
「彼の事情なら知っている。昨日の任務で特異型の敵にやられたらしい」
「珍しいこともあるな」
「たまたま同じワールドでの任務だったので私が手助けをした。今朝も随分とお疲れのようだ」
「……そこまでしてやる義理がお前にあるのか?」
不審そうにサイクスはマールーシャの様子を伺う。何を考えているかわからぬ男だ。
「先輩に恩を売っておくのも悪くあるまい。それに、機関も人手不足なのだろう。使える駒は有効活用すべきではないかね、副官殿」
澄ましていうマールーシャを一瞥すると、ため息をついてからサイクスはナンバー6に割り振る予定だった任務の内容をマールーシャに伝えた。任務などきちんと遂行されさえすれば誰がこなそうが関係ない。マールーシャは黙って頷くと、その場でフードを手繰り寄せ目深に被り、闇の回廊へと姿を消した。一瞬であたりに幻影のような花弁とその香りが広がり、サイクスはいつも以上に眉間に皺を深く刻んだ。全く不愉快この上ない。
名簿を取り出し11番目と6番目の名前の横にチェックをつける。二人の関係性などどうでもよい。引き受けたからには任務も果たされるであろうと思うと、取り立てて興味のない二人のことは簡単にサイクスの頭から霧散していった。
近くを通りがかったダスクにリストを押し付けると、残った一枠を埋めるべくサイクスは機関員の私室へと続く廊下に足を向けた。その手にクレイモアを光らせながら。