魅惑の琥珀色 - 1/3
交わす言葉は少なく、激しく軋むスプリングの音も気にならない。相手の全てに感覚を集中させて、マールーシャは全身でゼクシオンを抱いていた。部屋は暗く視界は悪いが、触れた部分全て熱に浮かされているかのような体温や、浅い息遣いと時折漏れ出る甘い声に、確かに相手を感じていた。
薄い皮膚の下に確かな骨の感触を掌で確かめながら、強く引き寄せて身体を密着させた。深い交わりに暴れるように背を反らすゼクシオンを押さえつけ、そんな動作に激しく高まる劣情をマールーシャはそのまま中に放出した。幾度となく脈打ち己の欲を彼の体内に吐き出すと、押さえ付ける手の力を少し抜く。跡になっただろうか、と気が逸れかけるが、それを察知してかすぐにゼクシオンが顔を上げた。肩で息をしながら強い眼差しで、睨み付けるようにマールーシャを見上げている。
『これで終わり?』
挑発的な視線はそう語るようで、マールーシャは大きく息を吸うと再び下腹部に力を入れた。
下で激しく身を捩るので掴んだ腕を解放すると、自由になったゼクシオンは勢いよく身を起こした。ぐんと近くなり、暗い部屋の中、深海のような青い目と視線がぶつかる。すうっと瞳が閉じられ、そのまま吸い付くように触れ合った。散々貪ったのにそれでも飽き足らず、噛みつくようなキスは再び二人を燃え上がらせる。
ゼクシオンの勢いはとどまらず、マールーシャの肩に掴みかかるとほぼ体当たりでもするような勢いで圧し掛かられた。されるがままにそのまま後ろに倒れると、目に映るのは広い天井。すぐに覗き込んできたゼクシオンは、まだ滾る欲に目をぎらつかせている。跨るようにマールーシャの腰の上に乗り上がると、抜け落ちたそれに自分で手を添えた。
じっと目を見たまま、息を荒げながら、少しずつ自分で挿し入れていく。下腹部が熱く滾り、濡れた目が歪む。短く声を上げながら後孔にすっかりそれが収まると、今度は勝ち誇ったようにこちらを見下すのだ。
後頭部をシーツに預けてマールーシャは目を閉じると、一度長く息を吐いた。
こんな夜も、悪くないと思う。
*
「…………尽きました」
そう呟くゼクシオンは少し枯れた声で、ほとんど抜け殻のような虚無の眼差しで天井を仰いでいた。
マールーシャは手を伸ばしてティッシュペーパーを何枚か取り、まだ荒く上下するゼクシオンの胸に散った白濁を拭う。僅かに肌に伸びたぬめりが不快だったのか、ゼクシオンは呻きながら身を捩った。自分でやる、と遮ろうとする腕を無視して、肌に残る痕跡の赤いもの以外を拭い去った。燃えるように熱かった身体も徐々に落ち着いて、肌はいつもの透明感を取り戻しつつある。その変化するさまを眺めていられる特権を、マールーシャは静かに胸の内に味わった。
「今日、激しかったな」
丸めたティッシュをくずかごに放りながらマールーシャは何げなく呟いた。激しいどころではなかった。後半は終始ゼクシオンが主導権を握り、文字通り噛みつくようなキスの末、僅かながら血を見る羽目にすらなっていた。ひりつく唇の傷を指で確かめるようになぞる。
「溜まっていたのか」
「さあ」
素っ気ない返事。疲れたのだろう。見るとゼクシオンは、まだ天井の一点を見つめてぼうっとしている。
「おい、そのまま寝るなよ、先にシャワーを使え」
「おなか空きません?」
だしぬけに言われてマールーシャは咄嗟に言葉が浮かばなかった。構わずゼクシオンは天井を見つめたまましゃべり続ける。
「夕食が早かったからでしょうか。それともカロリー消費したからか」
「……まあ、大いに動いたし……?」
「何か重たいものが食べたい気分です、ラーメンとか」
「ラーメン」
鸚鵡返しにマールーシャは呟いた。脳裏に滴るような脂の張ったスープが思い浮かんで怯むが、当のゼクシオンはむしろその重量感に夢を見ている様子である。そう、とうっとり頷いてから、不意にぱちっと目を開いてゼクシオンはマールーシャを真っすぐ見て言った。
「今から行きませんか」
「こんな時間に?」
大胆な提案にマールーシャは思わず時計を見た。時刻は午前零時を回ったところだ。
「近くにあったでしょう、赤い暖簾のところ。遅くまでやってたじゃないですか」
ゼクシオンの言う店は、その特徴を聞けばすぐに思い浮かぶ。自宅近所にあるそのラーメン屋は、新しくできたカウンター席だけの小ぢんまりとした店だ。さほど遠くもなく、夜も深夜二時ごろまでと随分遅くまで営業しているおかげでマールーシャもたまに利用していた。ゼクシオンと二人で行ったこともある。
「今ならまだ間に合います」
「間に合うと言えばそうだが」
「じゃあ決まり。シャワー、借りますね」
きっぱりと言い切るとゼクシオンはベッドから降りて、そのまま疲労感など一切感じさせない軽快さで寝室を出ていった。呆然とその背中を見送ってから、一人部屋に取り残されてマールーシャは頭を掻いた。よほど空腹なのだろう。決めたことは曲げない性格故、深夜のラーメンはもう免れそうにない。しかし話をしているうちに、マールーシャ自身も空腹を感じてきていることに気が付いた。それなりに見合う量の運動をしただろうから良しとすることにしようか、なんて後付けの理由に自信を納得させる。
何を食べようかとメニューを思い起こしながらマールーシャが乱れたシーツの皺を伸ばしていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、いつのまにかまた熱を帯びた瞳のゼクシオンが扉の間から窺うようにこちらを見てこういうのだ。
「一緒に入りますか」
……お前、尽きたんじゃなかったのか。