悪い虫 - 3/3


 

(全くいつからこんな生意気になり下がったのだ……しれっとやってきたかと思えば平然と席に着きおって)
 いらいらとしながら指導者の様子を伺い見るも指導者自身特に気に留めていない様子で、大幅に時間を押しながらも会議は進行していた。
 研究成果の報告し、今後の動きを確認したのち会議はお開きとなる。
「では失礼します」
 軽く頭を下げたゼクシオンのうなじに違和感を覚えて思わずヴィクセンは呼び止めた。
「ゼクシオン、首に何かできておるぞ」
「首?」
「うなじのあたりだ、赤い斑点がいくつも───」
 ……空気が、凍り付いたのは気のせいだろうか。
 ゼムナスがぐるりと首をこちらに向けたのでヴィクセンは思わず言葉を飲んだ。
「……虫刺されか何かでしょう」
 冷たく、短く答えるとゼクシオンはフードを首元に寄せた。
「────それは」
 突然重々しく響いた指導者の声に今度こそヴィクセンはびくりと振り返った。ゼクシオンも思わず手を止めて声のするほうを見る。
「悪い虫に喰われたものだ……」
 ゆっくりと発音しながらゼムナスは肘掛けの上で頬杖をついてじっとゼクシオンを見据えている。ゼクシオンのほうをちらりと見やると、表情は読めないものの緊張感をまとわせてゼムナスを見つめ返していた。
「駆除が必要なら相談するといい」
 そう言い放つその目は静かながら鋭く光り、彼が絶対君主であることを物語っている。物音ひとつしない空間で、空気ばかりがびりびりと震撼しているかのようだ。
「お気遣い痛み入ります」
 目を伏せるとゼクシオンは一礼して姿を消した。ゼムナスは何か考えている様子だったが間もなく無言のうちに同じく闇へと身を溶かした。
 ……たかが虫ごときにあの殺気立った雰囲気は何だったんだ?
 状況が理解ができないままヴィクセンはしばらく円卓の間でひとり呆然としていた。

 

 

「───“忘却の城全域に巣食うハートレスの掃討”」
 渡された任務の内容を声に出してマールーシャは読み上げた。
「随分広範囲をお任せいただいたものだ」
「新しい研究施設として使うのにあのままでは使い物にならん。早急に向かうようにとのお達しだ」
 サイクスは短く答えるとくるりと背を向けて歩き出した。
「副官殿はあの城の広さをご存知かね? 有能な助手でもつけていただけるとより捗ると思うが」
「お前ひとりだ。ゼムナス様直々のご指名なものでな」
 背を向けたままサイクスはそういうとふと足を止めた。
「俺からも一つ忠告だ」
 鋭い目をマールーシャに向けて短く言う。
「つまみ食いもほどほどにしておけ」
 マールーシャはふっと笑う。
「善処しよう」
 ふんと鼻を鳴らすとサイクスは闇の中へ姿を消した。

「本当にここは退屈しなくていい」
 誰もいなくなった廊下でマールーシャは楽しそうにひとりごちた。

 

Fin.

20180628