ご褒美 - 1/2

 灼熱の業火が辺り一帯の敵を焼き尽くすのを見ながら、二度とこの男と任務には当たりたくないなとゼクシオンは胸の中で毒づいた。

「精が出るな」

 そんな気も知らず、悠々と頭上から降ってくる声にうんざりと目を向ける。機関に入ったばかりのマールーシャというこの男は、高い木の枝の上で幹に寄りかかりながら我関せずと気怠げにこちらを見下ろしていた。

「黙りなさい、木ごと焼き尽くしますよ」
「そんなことを言っていると、ほら、後ろがお留守だ」
「くっ」

 飛びかかってきたハートレスをなんとかかわすと、豪快に舌打ちをしてゼクシオンはまだそこかしこに蔓延る大量のハートレスを相手に武器を構えた。雑魚ばかりだがそれなりの群れだ。レキシコンの力を得て漲る魔力を敵に放出すると、あたりに立ち込める暗雲から放たれるいかずちが次々とハートレスを貫いていった。
 殲滅を確認してからストンとマールーシャが隣に降り立つ。

「木の上にいるのにサンダガを打つなんて酷い人だ」
「ああこれは失礼、脳天に当たれば少しはまともに動けるかと思ったのですが」
「反射神経は良いようだが貴方は戦闘には向いていないな。視野が狭い」
「僕は本来研究が専門なのでね。貴方からの戦闘のレクチャーは不要です」
「では研究者殿、舌打ちをするのはやめたまえ。品格が下がる」
「本当にやかましいですね、人に指図する前に与えられた任務を全うしなさい」

 噛み付くようにいうがマールーシャは全く聞いていないようで、ゼクシオンがみなまで言い切らぬうちに地面にしゃがみ込んで近くに咲く野花に見入っていた。腹立たしい態度にゼクシオンは面と向かって舌打ちしてやりたいのを堪える代わりに相手までよく聞こえるように溜息をつく。

 今回の任務はトワイライトタウンに蔓延るハートレスの掃討だ。森の奥にある幽霊屋敷の調査が本筋だが、行き着くまでの森に大量のハートレスが発生しているという報告から手練れの戦力を求められ、魔法特化のゼクシオンが選出された。更にそのサポートをと新人のマールーシャが充てがわれている。彼の能力はまだ未知数だが、鍛え上げられたような逞しい躯体と場数を踏んでいそうな鋭い眼差しは機関の戦力として大いに期待が持てると上からの推薦だ。ハートレス退治の傍ら、彼の動向にも特に目を配るように、というのがサイクスから伝えられたゼクシオンのもう一つの使命であったが、このままだと上への残念な報告は避けられまい。

(いっそそのまま追い出されればいい)

 地面にしゃがみこむマールーシャの背中を冷ややかに見下ろしていると、こちらに背を向けたままマールーシャは不意に声を上げた。

「よく燃えていたと思ったが、草木に損傷はないな」
「森を焼き払うつもりはありませんからね。僕の魔法は対象の敵にのみ作用します」
「以前任務に同行した楽器を持った男は、敵も街の建造物も一緒くたに燃やして始末書を書いていた」
「魔法の鍛錬が足りないのでしょう」

 仲間の醜態にゼクシオンは更なるため息をつく。
 その話はゼクシオンも聞いていたが実は続きがある。デミックスが魔法を暴発させて街並みの一部を燃やしたのは事実(D氏談:ちょっと焦がしただけだって!鎮火は得意だし!)だが、その際止めることも助けることもなくマールーシャがただ傍観していたことも併せて報告されており、始末書は二人揃って提出させられていた筈だ。どうも任務に関してほとんど関与したがらないらしい。今後もこんな調子では機関の沽券にかかわる。

「目的は任務を遂行すること。余計な損壊は不要です」
「貴方の美学か」
「美学? おかしなことを言いますね。追求すべきは美学ではなく目的の達成です」

 ゼクシオンが冷たく言い放つと、マールーシャは立ち上がって振り向いた。

「任務だの目的だのと此処はそればかりだな」
「貴方も機関入りしたからにはきっちり働いてもらいますからね」
「ボランティアはしない主義でね」

 また生意気なことを言っているな、と思ったが次の瞬間ゼクシオンは乱暴に顎を掬い上げられて鋭い瞳に捕らえられていた。手つきは容赦なく、胸の内まで見透かすような瞳は吸い込まれてしまいそうに深く青い。目にもとまらぬ速さに遅れを取ってしまったゼクシオンは茫然としてその青を見つめ返した。

「何か褒美でもあれば身が入るのだが」

 ねだるような口ぶりにゼクシオンは殊更困惑した。何を言っているのだこの男は。からかっているのだろうか。
 ふつふつとこみ上げる怒りのような感情を押さえつけながらゼクシオンはきっと目をむいた。

「いいでしょう」

 顔に触れる手をはたき落としてゼクシオンは一歩引くと生意気な新人を見据える。

「頑張ったら教えてあげますよ新人さん。僕のとっておきを、ね」
「……ほう?」

 挑発的に言ってみせると、それは興味深い、とマールーシャは目を細める。適当な出任せだが、少しはやる気が起きたのだろうか。少し背筋を伸ばした彼が、自分よりも頭一つ分背が高いことに今更ながらに気付く。躯体も逞しく、腕力ではまず敵うまい。下手に接触を許した自分を反省した。この男、今までにも増して警戒が必要だ。

 不意に背後にざわめきを感じる。見れば木陰からまたハートレスが湧き出ていた。相変わらず小さな雑魚だがその数はちょっとしたものだ。あれだけ倒してもまだ出てくるとは。

「ほら出番ですよ、新人さん」

 ゼクシオンはそう言って顔を上げる。が、今の今まで立っていたそこにマールーシャの姿はなかった。はて、と思うのもつかの間、風を切る刃の音が背後で響く。振り向いた先、ハートレスの大軍を前に地を踏みしめてそこに立つ男の姿に、ゼクシオンは目を奪われた。

 手に握られたそれは、目に鮮やかな桃色の大鎌だ。おおよそ身長と同じくらいの大きさもあろうその鎌を軽々と片手で構えている。頭髪と同じ色をした切っ先は、力強いひと振りで一帯のハートレスのほとんどを掃滅した。鮮血かと見まがうくれないの花弁が何処からともなく舞い上がり、そしてまた消えていく。
 取りこぼしたハートレスたちはこちら側の圧倒的な力に恐れをなして退散しようと散り散りになった。しかしマールーシャはそれを逃がさない。屈強な体躯からは想像の及ばぬスピードで敵の前に回り込むと、刈り取るようにして大鎌を振るう。凄まじい遠心力が生じているはずだが、そんなことは感じさせない身軽な動きで見事に武器を使いこなしている。刃はことごとく敵を捕らえ、断末魔の間にまた花弁が散った。視界を遮るほどの花の間に見えたマールーシャの目は、射殺されてしまうかと思えるほど鋭い。

「……死神」

 無意識のうちに言葉が零れ落ちた。大鎌を振るい冷淡に命を刈り取るその姿はさながら死神のようだった。鮮やかに花を纏う、桃色の死神。
 敵を殲滅するまでの僅か数十秒の間、ゼクシオンはその男から目を離すことができなかった。

 

「さて」

 なんてことない調子で軽々と鎌を振り、花と共に散るそれを手のうちに消すとマールーシャはこちらに向きなおった。

「新人めの働きはいかがだっただろうか? 先輩」

 はっと我に返ってから、すっかり魅入られていた自分に気付きゼクシオンは狼狽える。どうかしている。あれを、美しい・ ・ ・などと思うだなんて。

「上出来すぎて呆れましたよ。無能な振りは何のためなんです」
「生憎、集団で行動するのに慣れていなくてな。動き方を決めかねていただけだ」
「……貴方の目的はいったい」
「それは」

 マールーシャは意味ありげに言い含むとすっとその長い指を唇に押し当てた。

「秘密だ」
「……」

 どうやら図体ばかりでかい能なしではなさそうだ。戦力としてみれば期待通りかそれ以上のものも見込めるが、何やら秘められた野心が彼の中に見て取れる。彼の思惑が掴めない以上、もしも機関に仇をなすようなら排除することも考えねばなるまい。引き続き警戒が必要な相手だ、とゼクシオンは静かに相手を分析した。脳内では上に提出する報告書が淡々と文章に起こされていく。

「任務は終了したんじゃないか。あの群れでここは最後だ。巣も叩いたしもう現れまい」
「ええそうですね。では帰還しましょうか」
「おや、ご自分で仰ったことを忘れられては困るぞ先輩」

 マールーシャはそう言いながら歩きだしたゼクシオンの前に立ちふさがる。

「教えていただこうか、貴方のとっておきを」

 ニヤリと口角を上げるマールーシャを見て、自分が軽々しく口にしたごほうび、という単語がゼクシオンの頭に思い浮かんだ。

「……ああ、そうでしたね。ではついていらっしゃい」

 ため息をつくとゼクシオンは踵を返して前を進み、二人は森を後にする。