夢見鳥の鼓動 - 1/3
皺の寄ったシーツに顔を埋めながらゼクシオンはぼんやりと考える。後ろからされるのは、嫌いじゃない。背後からの圧力を受け、せり上がる快楽の襲来に強く目を閉じた。足の間に差し込まれた熱が緩やかな律動を徐々に早めていくと、ゼクシオンはすぐに考えることをやめて与えられる快感に夢中になった。高く突き出した腰骨に手をかけて後ろに引き寄せられ、伏していたシーツから片膝が浮く。体内で蠢く熱が強い意志をもって肉壁を抉る。押し出されるようにして声を漏らすが、顔を埋めたシーツの中でそれはくぐもった雑音に留まった。自分のだらしない声を最小限に抑えられるのも、この姿勢で事を成す利点の一つだ。
肩越しに小さく振り返ると、霞みかける視界の向こうで桃色が揺れていた。こちらを見下ろすマールーシャの瞳に映る滴りそうな情欲を感じ取ると、焦げるような気持ちが高まって、それだけでゼクシオンは達してしまいそうにすらなる。
ひとしきり動いた後、身体をシーツに横たえると今度は密に肌を合わせてマールーシャが背後から覆いかぶさった。熱く濡れた唇が肩に当たるのがわかる。柔らかな圧を受けると同時に、その下に潜む鮫のように尖った歯の感触を感じた。切っ先がそのまま躊躇いなく深く肌に食い込むと、焼けるような痛みにゼクシオンは堪え切れず悲鳴に似た声を上げる。痛みが神経を伝って脳に届くと、目の覚めるような新しい快感が全身に廻った。弾けるように身を反らせながら、体内はその快感を逃すまいとどこまでも収縮する。後孔に咥え込んだそれを一層締め付けると、マールーシャも悩ましげな声を漏らすのだった。
「大丈夫か」
シーツに伏したまま余韻に浸っていると、耳元でマールーシャが囁いた。黙ったまま頷くのを見て、ゆっくりとした動作でマールーシャは後ろからゼクシオンを包み込むように抱いた。焼けるように熱かった体温がゆっくりと元に戻っていくまでの僅かな微熱の時間を、繋ぎ留めたいとゼクシオンは願ってしまう。気まぐれな戯れ。心があるならば、これが幸せだと言えるのだろうか。
不意にマールーシャの手が下に伸びて下腹部を撫でた。先程までの激情に任せた仕打ちから一転したあまりに優しい手付きがむずがゆくて、押さえ付けるようにしてゼクシオンも上からまた手を重ねた。彼が何をしているのかは見なくたってわかる。傷を愛でているのだ。
自分の身体を見下ろすと、あちこちにできたばかりの傷痕が浮き上がっているのが見えた。噛み痕だったり、強く吸ってできる類いの痣だったり、白い肌の上でそれらはよく目立っていた。彼と交わった後は大抵こうなる。秘められた彼のサディズムが自分に向けられるのも、実のところ嫌いではなかった。時に血を流そうとも、彼が与える痛みは自分の中で人知れず疼く欲求を一層燃え上がらせるのだ。
最初のうちは痛々しい傷痕を鬱陶しくも思ったが、どんなに手酷く扱われても残る痕は服の下に隠れるに留まるので、今ではさして気にもならなくなっていた。どうせすぐ消えるのだ。
執拗に傷を慈しむその手を払ってくすぐったいと窘めていると、マールーシャが出し抜けに声をかけた。
「ゼクシオン、頼みがあるんだが」
おや、とゼクシオンは思った。ぼんやりと夢見心地だった頭が瞬時に現実に焦点を合わせる。そんなことを言われたのは初めてだった。
「おねだりなんて珍しいですね。聞いてあげないこともないですけど」
ごろりと身体を反転してゼクシオンは後ろにいたマールーシャの方に向き直った。憎まれ口をたたきながらも、本当は興味津々だった。手を伸ばして顔にかかる桃色の癖毛を払うと、マールーシャは事後特有のうっとりとした表情のままゼクシオンを見つめ返して言った。
「お前の体をほりたい」
優雅な彼の不躾にも思える物言いに、何を言い出すのかとゼクシオンは呆れた。散々好き放題しておいて、何を今更。
「……品がないですね、今掘ったでしょう」
「……そんな話はしていない、品がないな」
マールーシャも呆れた様子で顔をしかめた。どうやら思った意味合いと違ったらしい。彼の意図するところがわからず、ゼクシオンはマールーシャを見つめ返す。
マールーシャはゼクシオンの白い肌の上に咲いた無数の赤に再び目線を投げかけ、愛おしそうに撫でながらこう言ったのだ。
「彫りたいんだ。タトゥーを入れさせてくれないか」