六夜 - 1/3
酒の席の誘いを介してしかやり取りをしてこなかったため、必然的に連絡もぱったりと途絶えていた。顔を合わせなくなり久しいので一度マールーシャの方から連絡を入れたものの、ようやく返事が来たと思ったらそれも気分じゃないなどと曖昧な理由で断られてしまった。酒の席に誘って断られたのは初めてだったので軽く衝撃を受けた。こんなにも会わなかったのは、二人の関係以来初めてのことである。いよいよ引き際なのかもしれない、とマールーシャはうっすらと覚悟を決め始めている。いや、そもそも振られてはいるのだけれど。
あの日、彼の提案を断ったからだろうか、とマールーシャぼんやりと考えを巡らせた。滅多に人の中に踏み込まない質のゼクシオンが、たかだかセフレの部屋の鍵を欲しがるだなんてどういった風の吹き回しだろう。彼が自宅に来た日のことは自身の醜態を蘇らせるのであまり思い出したくないものであるが、とはいえ原因があるとすればそこでのやりとりしか考えられない。
『僕に作ってくださいよ、合鍵』
あの日の彼の言葉は予想外のものだった。どんな意図があったというのだろう。正直なところ、期待をして裏切られることにマールーシャももう疲れていた。彼との関係にこれ以上進展するものはないはずである。それならば彼の言うとおり、今の関係をほどよく維持することに納得したらいいのかもしれない。ゼクシオンが定義するこの関係性の名前を快く思っていなかったけれど、彼が自分との関係を何と呼ぼうが、それに関わらず彼と過ごす時間はマールーシャにとって心地いいものなのだ。たまに顔を合わせて酒の席をともにするような関係におまけの時間がつくくらいに思っておけばいいのかもしれない。それで彼を繋ぎ留めておくことができるのならば。
けれどいま、どうにかして繋ぎ留めようとしてきたその関係にすらひびが入っているのかもしれないのだ。
彼との関係がこのまま途絶えてしまうのかと思うとやるせないけれど、その時を迎えているのだとしてもこのまま終わらせたくはないと思った。関係を引き延ばしたいという意味ではなく、終わるにしても一度顔を合わせて話をしないことには納得できないとマールーシャは考えていた。こういうところが重たいだの面倒だのと嫌がられるのだろうなと思いつつも、マールーシャにだって自分の矜持というものがある。
終わるなら、せめて納得して終わらせたかった。
*
どうしても一度会って話がしたいという旨を伝えるべく、直接電話をかけた。やはりというか当然というか相手が電話に応じなかったため、メッセージも吹き込んでおいた。すべて無視されてしまったらいよいよ終わりだろう、とマールーシャが覚悟を決めかけていると、意外にもすぐに折り返しの電話がかかってきた。
飛びつくようにして応答する。声を聞くのも久しい。切望した声を聞き捉えようと耳を澄ませるが、電話口で短く応じるゼクシオンの声にマールーシャはどこか違和感を覚えた。
「……もしかして、風邪引いてる?」
「そうですよ、言ってませんでしたっけ」
掠れかかった声でゼクシオンはしれっと答えた。当然聞いていない。いや、以前酒の席の誘いをした際に『気分じゃない』と言っていたのはそういった理由だったということだろうか? そんなのわかるわけない……。マールーシャは頭を抱えたくなった。けれど、こういった彼らしい奔放さを目の当たりにしてなぜだか安堵感を覚える自分がいた。
しかし安堵も束の間である。普段通りに飄々とした受け答えをしているけれど、電話口のゼクシオンの声は完全に鼻声だ。
「声が変だと思った……大丈夫なのか? 熱は?」
「もう治りかけてますから、ご心配なく……と、言いたいところなんですけど」
不意にゼクシオンは慎ましい口調になり、その囁くような声にマールーシャは思わず身を乗り出してスピーカーに耳を押し当てる。
「……お願いがあるんです」