二夜 - 3/5

 たっぷりと潤滑剤を纏った指を、そこは容易く飲み込んでいく。狭いけれどもう柔らかくなっていて、ローションの粘り気を帯びて温かくマールーシャの指を締め付けた。指を動かすたびに相手の身体は反応を見せ、吐息に乗った短い声が静かな部屋に響く。

「……柔らかいな」

 興奮を抑えて白い背中に向かってつぶやくと、腹這いにベッドに伏していたゼクシオンは浅く呼吸をしながら振り返った。

「もう、いいですよ……入ると思うから」
「早くないか。まだ──」
「いいから。もう、」

 じれったそうにゼクシオンはマールーシャを遮ると、また前に向きなおってシーツに顔を埋めた。

「ちゃんと準備、しておいたんですから」

 静かな声はシーツの中にくぐもって聞こえた。なぜこんないじらしく感じてしまうのか。同性の青年相手にかわいいなどと思ってしまう自分を止められない。

「家に来なかったら骨折り損だったな」
「引きずってでも連れてくるつもりでしたよ……ん、」
「現に、引きずり込まれたようなものだった」
「ついてきたのは貴方、でしょ」

 言葉の合間にも甘い声が漏れ出る。根元まで埋まった指をそっと曲げるようにして腸壁を擦り上げると、ゼクシオンはわかりやすく反応を示した。叩くように指をばらして動かせば媚びるように腰が跳ねる。

「も……っ、ゆび、いいからはやく……挿れて……」
「コンドームを」
「いらない……っ」

 喘ぎながら切実にゼクシオンは乞う。身体を揺り動かして誘う様は簡単に理性の糸をほどいていった。つぷりと指を抜いたところが切なげにひくつくのが目に入る。もう一時も我慢ならず、マールーシャはいきり立った自身をそのままそこにあてがった。吸い付くように迎えられるのに乗じて奥へと進めると、ゼクシオンはシーツを握りしめながら吐息交じりに喜悦の声をあげる。

「あっ、ああ……は、あ、はいってる……」

 そう言いながらゼクシオンは自ら身体をくねらせるようにして押し当て、より深い挿入を促した。窮屈な締め付けにマールーシャも声を漏らしながら、いけるところまで進みきる。

「くっ……い、痛くないか」
「……平気……」

 深く息をついて物欲しそうに見上げるゼクシオンの目に、もうこれ以上ないほど興奮しているのにさらに気を煽られる。呼吸を落ち着けながらゆっくりと、今入れたばかりの狭い道を引きさがる。いかないでと縋るように締め付けるそこに、また身体を深く沈める。引いて、また奥へ。狭くて湿っていてとろけそうに熱いそこを、ゆっくりと何度も何度も擦り上げるようにして、覚えさせるように馴染ませていく。奥へと突き進めるたびにゼクシオンの口から艶めかしい声が上がるのがたまらなくて、腰のくびれを撫でるように引き寄せた。
 きしきしと音を立ててベッドが揺れる。律動に合わせてゼクシオンは気持ちよさそうに上ずった声を出しているが、長い前髪が顔を覆って表情はよく見えない。もどかしくて、反応の強いところを執拗に攻めてしまう。

「ぅ、そんなしたら……もう……!」

 達するには少々早い気もしたが、涙声のそれを催促と判断し、マールーシャはそのまま動き続けた。ベッドが一層揺れ、ゼクシオンは一際高く鳴くと身体を痙攣させて……果てた。うねるように腸壁が収縮するとマールーシャも思わず動きを緩める。乱れたシーツを握りしめて肩で息をするゼクシオンは淫らで愛しくて、腹に手を回しそっと後ろから抱いた。しっとりと汗ばんだ肌が身体に馴染んで心地よい。

「ごめんなさい……はやくて」
「早かったな」
「……いいですよ、もっと激しくして」

 熱っぽい目を向けると、まだですもんね、とゼクシオンは肩越しに笑みを見せた。体力には余裕がありそうだ。

「体勢を変えないか」

 興奮冷めやらぬままマールーシャはそう言うと、ぐいと片足を抱え込むようにして、仰向けるようにゼクシオンを促す。

「顔を見たい」

 これを聞くとゼクシオンは、正面ですか、と呟きながら意外にも少し渋るような表情を浮かべた。いつも余裕のある挑発的な表情ばかりだったので、その様子は新鮮に感じられた。

「正面から見たら貴方、萎えちゃうかも」

 ぼそりとつぶやくのを聞いてマールーシャは呆れる。いまさら何を言っているのだ。

「ここまでやっておいてそんなわけないだろう」

 そう言いながらマールーシャは一度自身を引き抜いて、半ば強引にゼクシオンの身体をひっくり返した。薄い体はベッドの上で軽く弾み、スプリングをまた唸らせた。
 仰向けになったゼクシオンを眺め渡す。まだ息荒く、紅潮した顔でこちらを見つめる瞳は、暗がりで黒目がちになっていた。細身の四肢は長く、肌が白いのが暗い中でもわかる。膝を擦り合わせるようにして恥じらうかのような仕草は今までの彼らしくなかった。萎えるだって? むしろ興奮材料でしかない。

「貴方って酔っていないほうが大胆なんですね」

 挑発めいた強がりの言葉は聞こえないふりをした。閉じられた膝を割り開いて押し入るように自分の身体をねじ込むと、まだ十分熱を保ったままの自身を再びあてがう。はっと息をのむ声が聞こえるが、構わず奥深くに挿入した。ゼクシオンがまた悩ましげな声を上げるのを聞くと後押しされるようにその身体を深くうがつ。今度はこっちが早くも果ててしまいそうだ。
 正面から見るゼクシオンの表情は、今までの挑発的な笑みではなく余裕なさげに眉を寄せて息を荒げていてひどくそそられた。
 じっと見つめていることに気付いたのか、ゼクシオンが顔を覆おうと腕を上げたのを見て、その手を取り封じる。

「隠すな」

 短く言いながら手首をそのままシーツに縫い留めた。命令されてかゼクシオンが興奮を露わにする。とろんと惚けた瞳を見つめながらマールーシャはゼクシオンに覆いかぶさるような体勢で再び身体を打ちつけた。ごく近い位置から見つめあいながら体を擦り合わせていると一層気持ちが昂った。

「あ、ン、もっと……んあぁっ」

 目に涙を湛えながらゼクシオンもまた快楽に酔いしれていた。つい先ほどいったばかりだというのにもう次の絶頂めがけて昇りつめようとしている。愉悦に溺れるその表情に引きずられるようにしてマールーシャも動きを強める。
 頂点が近いのを感じ取ったのか、動きが激しさを増すとゼクシオンはその足をマールーシャの腰にぐっと絡ませた。

「っ、おい、足っ……」
「いいっ、なかに、このまま……!」

 お互い、もう何が何だか分からなくなっていた。逃がれられない快楽の波にのまれ、マールーシャは半ば自棄になりながらそのままゼクシオンの中で吐精した。うねる肉壁に搾り取られるように、すべての精を注ぎ尽くすとマールーシャは崩れるように腕をついた。背徳感と相まって押し寄せる興奮が凄まじい。ゼクシオンもまたビクビクッと身体を震わせながら、熱く濡れた瞳でマールーシャを息荒く見上げていた。
 掴んでいた手首を離すと、結合部が抜け落ちてしまわないように腰を抱き寄せながら体を倒し、キスをする。今日初めてした噛みつくようなそれではなく、甘えるように優しいキスを、長いことした。
 愛しい。君を、私だけのものにしてしまいたい。そんな気持ちを受け入れてくれるかのようにゼクシオンは腕を首に回してマールーシャを引き寄せた。

「名前、呼んで」
「ゼクシオン」
「ん、もっと」
「ゼクシオン、ゼク……」

 ゼクシオンの頬に手を添える。涙に濡れた頬が熱い。

「好きだ」

 吐息の合間にこみ上げる思いを吐露する。手に手を重ねゼクシオンは頷いた。

「僕もですよ」

 ほう、と安堵の息が漏れる。ゼクシオンがマールーシャの頬に手を添え返した。情けないことに、涙が出そうになるほど嬉しい。
 幾度となく甘い口付けを交わしながら、マールーシャは頭の中で、彼の言ったとおりになってしまったな、と彼との最初の夜を思い出していた。挑発的な強い瞳が脳裏に浮かぶ。

『貴方、もう女性を抱けないかも』

 男も女も関係なく、今はもう彼しか見えなかった。でも、それも悪くないと思う自分が確かにいた。