二夜 - 5/5
思わず声に出ていた。
昨夜のやり取りを、忘れたわけではあるまい。場の勢いではあったが、好きだと伝えたのは真剣な気持ちだった。それに応えるように、真っ直ぐ見つめ返して彼は「僕も」と言ったではなかったか。
マールーシャが困惑しているのに構わず、ゼクシオンはマイペースにカップのコーヒーを啜った。
「昨日、好きって、」
「好きですよ、貴方とのセックス」
悪びれもせずさらりと言われて、あ、そういうことか、と急速に自分の感情が冷えていくのがわかった。一人で盛り上がってしまったが、どうやら恋人として見初められたのではなかったらしい。
「ごめんなさい、特定の相手は作らない主義でして」
縛られるのは嫌いなんです、とゼクシオンは再びカップに口をつけた。動揺を抑えてそうか、と渇いた口で返事をするのがやっとだった。取り繕うようにマールーシャもカップを手に取りコーヒーを啜るが、つい先ほどまで幸せに満ちていたダイニングは色を失い、口の中に広がるコーヒーも、いまや何の味もしなかった。
わかりやすくショックに打ちひしがれているマールーシャを慰めるように、ゼクシオンはテーブルの上の手を取り撫でる。
「付き合わなくてもセックスはできますよ」
「そんな不誠実なことがあるか」
「本当に真面目ですね」
また『真面目』だ。ことあるごとに発せられるその単語はなんだか馬鹿にされているような気がしてちょっと癪に障る。
「それが普通の感覚だからだ」
「昨日言ったでしょう。割り切った関係が楽なんです。責任も、拘束もない、一夜だけの相手がいいんです、僕は」
「そうやってまた違う相手を探すのか? またああやって夜の街に繰り出して?」
「うーん、そうかも」
「信じられない」
当然気分を害した。同性相手への想いに葛藤しながらもようやく正直になって、意を決して気持ちを伝えた結果がこの有様だ。振られたからと言って相手のスタンスを否定するのは全く褒められた態度ではないが、あまりのやるせなさに言葉が止まらなかった。
「でも今はほかの人と会う気はないですね。貴方が好きなのは本当ですよ。顔も身体も、とってもタイプです」
固く握られたマールーシャの拳に優しく指を絡ませながらゼクシオンは悪びれなく言う。振られたばかりなのに、優しい声にほだされそうになってしまう。何も言い返すことができず、重ねられた手も振り払えず、マールーシャは睨むようにその手を見つめていた。
「……こういうのはどうですか。恋人にはなれないけど、貴方がまた会ってくれるなら僕はほかの人とは遊ばないと約束します」
「随分都合のいい関係だな」
「お互いにとって、ね。形式にこだわらなければいいだけの話です」
名案とばかりにゼクシオンは微笑んだ。なにがお互いだ、そんなのただのセフレじゃないか。
けれど。
「どうです」
これが惚れた弱みというものだろうか。
絡めた指を解くことができないでいるうちに、交渉成立ですね、とゼクシオンは目を細めた。
20191010
(20240331加筆修正)
(20241124加筆修正)