ヴェール

 シャワーを浴びた体は心地よく火照り、温まったせいかほんのりと眠気も漂う夜更け。穏やかな倦怠感に身を任せてマールーシャが部屋の隅に目を遣る。ゼクシオンは甲斐甲斐しくベッドのシーツを張り替えている最中だ。新しいシーツをぴんと伸ばして新品のようにベッドを作り上げてから、ひんやりとしたそこに熱くなった素肌をさらすのを好む彼を知っていた。
 今夜の寝床をこしらえようと、ゼクシオンが今まさにシーツをばさりと広げる。ふわと舞い上がる白布を見て、揺れる白にマールーシャは不意に気を引かれた。
 近寄るとゼクシオンは怪訝そうにマールーシャを見上げる。

「あ、手伝ってくれますか。ありがとうございます」

 マールーシャの視線を都合よく解釈すると、ゼクシオンは反対側をベッドにかけるよう目で促した。
 てきぱきと寝支度を進めようとするがその手からシーツをそっと引き取る。ゼクシオンが何か言うその前に、マールーシャはそれを頭上で大きく翻した。

 一瞬広がる純白の世界。無の世界の中で、その瞬間だけ音が消える。

 呆気にとられるゼクシオンの頭にパサリと白布が落ちてきて垂れかかった。

「……そう、こういう感じ」
「……は?」

 うんうんと一人頷くマールーシャを、白布の間から困惑した瞳が見上げた。その目と目が合うと、不意に物欲しく思う感情に苛まれる。手を伸ばせば届く距離だ。
 訳がわからないという様子でゼクシオンはばさばさと無造作に頭を振った。すぐにシーツは剥がれ落ち、足元にくしゃりと丸まった。

「遊んでないでさっさと済ませてください……ああ、もう」

 しわになったじゃないですか、とぶつぶつ言いながらゼクシオンは再びシーツに手を伸ばした。
 足元のシーツの中で身を屈めるゼクシオンを見下ろした。前髪の陰で睫毛が揺れるのを見て、再び腹の底に小さな欲望が首をもたげる。

 この手でそのヴェールを捲るのはまたの機会にしようと、マールーシャは密かにリベンジを誓う。

 

20210630