朱色囲い
「……これでだいぶ顔色がよくなったんじゃないか」
すっと気配が遠のいた後、相手は快活にそう言った。目を開けると、マールーシャが愉快そうに自分を見つめている。その手に握られているのは先端を朱く染めた細い筆だ。唇に残るむず痒い感覚に、ゼクシオンの眉間の皺は晴れない。いま自分の唇にあの色が乗っているのかと思うと身の毛もよだつ思いだ。
「あ、こら、拭うな」
「なんだってこんなことを考え付くんですか。それ、女性が使うものでしょう」
この日、マールーシャが持ってきたのは赤い筆だった。
ゼクシオンの顔色が悪いのは単に外の光を取り込まない地下室に籠りがちであるが故のことだが、マールーシャはそれが気に入らないようで、何度か血色の悪さを指摘したかと思うとついに化粧道具なんぞを持ち出すのでさすがにゼクシオンも面食らった。
「まさかそれ、誰かの使い古しなんかじゃないでしょうね」
「もちろん、新品に決まっている。お前のために用意したものだ」
得意げな顔でそんなことを言って喜ぶとでも思ったのだろうか。その辺に生えている花でも摘んで渡された方がまだましだとゼクシオンは思う。
「よく似合う」
「冗談はやめてください、こんなもの……」
唇に残るぬるい感触を払拭するように、ゼクシオンは手の甲で唇を拭った。ああ、とマールーシャが悲痛な声を上げるが、可笑しな人形ごっこに付き合う趣味はない。手の甲を見ると、黒い手袋の上に鈍く赤色が伸びて血のようにも思える。
「口元が悲惨なことになってるぞ。男前が台無しだ」
眉尻を下げて残念そうに肩を落とすマールーシャの手には、まださっきの筆が握られたままだ。
「貸してくださいよ、それ。きっと貴方の方が似合いますよ」
まるでお世辞のようだけれど、その言葉はあながち嘘でもなく本心だ。血のような赤色は薔薇色の髪の毛にきっと映えるだろう。自分が人形遊びにされるのは気に入らないが、相手の顔に色を施すのは確かに少しそそられる気がした。ゼクシオンはマールーシャの手から筆を取ろうと手を伸ばす。
「そうだろうか……じゃあ」
伸ばした手をはしと握られた。その拍子に色筆を取り落としたが、気に留める間もなく意識は再び唇に触れたその感触に向いた。
甘い香りが濃密に意識を蝕む。ああ、やっぱり貴方から香っていたんですね。
柔く食むように触れるそれから感じる体温に心地よく身を委ねる。
20220214
口紅を送る意味はキスしたいとかそんな意味を孕むという画像を見て。
タイトル配布元『icca』様