夜顔の咲かせ方
慣らしているとはいえまだ入れたばかりの体内は窮屈だ。幾度となくマールーシャを受け入れているが、入れて間もないうちは拒絶でもしているのかと思うほどにそこはマールーシャを締め上げる。それでもなお奥へと進むと、やはり苦しいのかゼクシオンは呻くようにしながら身を捩る。彼の声に紛れて吐いたマールーシャの息も震えている。
馴染ませるように断続的に抜き差しを繰り返した。無理矢理身体が広げられていく感覚に最初ゼクシオンは苦しげに呻いていたが、浅いところを何度も行き来するとすぐに呼吸が速くなりだした。彼の弱い部分は熟知している。
月明かりと呼べるようなロマンスはないけれど、空に煌々と光る金色の明かりを受けて暗い部屋はかろうじて目が効く程度ではあった。さして広くもないベッドにどうにか二人で乗りあがって歪に情を交わしている。愛し合うという言葉は似つかわしくないけれど、感情が欠落した身でありながらこうしてわざわざ時間を作ってことに及ぶ手前、発散、と一言で片付けるのもまた味気なさ過ぎる気がした。
そういう時、ゼクシオンがマールーシャの部屋に来ることがほとんどだ。闇の間を縫うように音もなく現れ、ことが済むとまた足早に去る。交わす言葉も最低限。……やはり味気ない。けれど、いつからか二人の関係はずっとそんな風に続いている。
ゆらゆらと身体を揺らしながら見下ろすと、白い背中が暗い部屋に浮いていた。一糸まとわぬ背中をこちらに向け、動物的に後ろから交わることを望んでいるのはゼクシオンの方だ。曰く、『この体勢が楽』なのだそう。確かに負担は少なそうだ、けれど。
「……っ、は、ぁ」
ゼクシオンがまた吐息ともつかぬ声を漏らした。動くたび、首の上を髪の毛がさらさらと撫でる。声も聞こえづらいし、何より表情が見えないで身体を交えることにマールーシャは不満を抱いている。こちらを向かせようと手を伸ばして輪郭を捉えるが、指先が唇に触れるとふいと背けられてしまった。最低限の触れ合いで絶頂さえ迎えればそれで満足だなんて、これでは本当にただの“発散”ではないか。
「……ちょっと」
不意にゼクシオンが声をかけてきたのでマールーシャは現実に引き戻された。潤んだ瞳が肩越しにこちらを睨んでいる。
「何か別のことを考えているでしょう」
「お前のことを考えていたよ」
「そういうの、いいですから」
嘘でごまかしたわけでもなかったのだが、不機嫌そうにかぶりを振るとゼクシオンはまた前に向き直ってしまった。そうして、吐息かと聞きまがうほど小さな声で囁く。
「……はやく、して……」
馴染んだ身体は更にその先を求めていた。快楽に従順な様子はいつもの澄ました態度と相反していじらしい。マールーシャもまた眼前の身体に意識を向け直した。
彼の背に圧し掛かると、一層深まる交わりにゼクシオンは声を上げた。構わずに行けるところまで身体を押し込む。身を捩るゼクシオンを押さえつけながら、折り重なるようにシーツの上に身体を伏した。ゼクシオン曰く、これは『好きな体勢』だ。身体を支える必要もなく、身を任せていれば快楽を得られるのだから、彼には都合がいいのだろう。腹這いに身体を横たえたゼクシオンはシーツを握りしめてされるがままの姿勢になる。
これを『好きにしていい体勢』と解釈しているマールーシャは、今度は最初から自分も都合のいいように動いた。最初から奥をめがけて、最初から中腹の彼の苦手な部分を執拗に嬲った。そんなことをすれば堪え性のない彼はすぐ果ててしまうであろうことも、わかったうえで。
果たしてゼクシオンは呆気ないほど早々に絶頂を迎えた。押さえ付ける力を上回るほど身体をしならせ、幾度か痙攣させた後、崩れるように脱力し再びシーツに伏した。瞳を閉じた顔は無防備で、荒く呼吸を繰り返す唇は濡れて光るのが見える。再びそこへ手を伸ばすと、呆けているせいかお咎めはない。もう一押しか。
身を乗り出したマールーシャは再び背後からゼクシオンの輪郭を捉えると自分の方を向かせ、濡れた唇に自分の唇を重ねた。僅かに身を強張らせる気配を感じたが、構わずにその吐息を奪う。こじ開けるような真似はせず、柔く食み舌先を使い愛撫を続ける。彼の方が先を促してくるまで。焦らされているのはマールーシャとて同じだが、彼がそう長く耐えられないことはよくわかっている。
ほどなくしてゼクシオンの唇が緩んだ。熱い吐息がこぼれ、赤い舌が誘うように覗いた。
(まだ、あと少し)
舌に触れる代わりにマールーシャはゼクシオンの下唇を吸った。十分な愛撫を繰り返したそこはぐずぐずに熟れた果実のようだった。濡れそぼつ唇ばかり愛でていると、繋がったままにしていた結合部の締め付けが増していくのが分かる。
奥を穿ちたい衝動を何とか抑え、自分でも焦れるような愛撫を繰り返したのち、いよいよ相手の舌先が自分の唇に触れたのをしおにちゅ、と音を立てて顔を引いた。ここで引くのは大変な精神力が必要だったが、そうして見下ろした先のゼクシオンの表情に、マールーシャは思わず笑みを漏らした。頬は上気して赤く染まり、いつもの冷静さをすっかり欠いた眼差しが真っ直ぐにマールーシャを求めていたからだ。行き場を無くした赤い舌が僅かに覗いたままだ。
――何が可笑しいんです。
もしも彼が理性をまだ保っていたならばそんな怒声が飛んできたであろう。けれどゼクシオンは黙って目で訴えるばかりだ。二人で肌を重ねるこの時だけ垣間見ることのできるこの蠱惑的な表情に、マールーシャは肌が粟立つのを感じる。
胸中を満たすこの衝動を、なんと名付けたらいいのだろう。
身体に腕を回して抱き起こしながら体勢を変える間も抵抗はなかった。こうなってからのゼクシオンは打って変わって素直だ。伏していた身体を返すと、彼が隠したかった何もかもが露わになった。マールーシャと比べるとずっと華奢な身体も、上気して真っ赤になってしまった首筋も。細い髪の束が乱れて肌に張り付くのも。白く濡れた腹と、そうして尚欲している青い両の目。
再びシーツに身体を横たえた後、先を求めて腕を伸ばしたのはゼクシオンの方だった。
白い腕に囚われ、甘えるようなゼクシオンの接吻を受けながらマールーシャは足の間に身体を深く沈める。両脚を開かせて腰を浮かせると、抜け落ちかけていた性器を迷いなく深部へと進めた。苦しげに歪むゼクシオンの表情を見据えながら、けれど決して動きを緩めなかった。
曰く『苦手な体勢』だというそれは、彼が自身を制御できなくなるからだ。奥の奥を暴かれると、もうなにもかも自分の思うようにならないことを彼は知っているのだ。顔を背けたい羞恥も、溺れたい愉悦も、意識の外から彼を苛む全て。それらになすすべなく溺れていく自分。
とどのつまり、好きなのだった。そんなことはマールーシャだって知っていた。
引き絞られた情を奥へと放つその僅かな時間、その時だけ空虚な身体が満たされた気になれた。
ゼクシオンの空虚な部分を埋めようとマールーシャもまた必死になった。彼を満たしてやりたいなどと思う一方で、満たされたかったのは自分もまた同じだ。
呼吸の荒いまま、蕩けた瞳を正面から見つめながらマールーシャもまた目で訴えかける。
――このままもう一度しようか。
そう誘えど返事はきっとこないだろう。しかし、拒絶もまたないことを知っている。
気怠そうに、けれど首にまわる手に力が込められた。それが答えだ。
20220508
タイトル配布元『icca』様