№Ⅵの手記
先に指導にあたったヴィクセンやレクセウスによると、戦闘能力は見込めるもののその性格は掴みどころがなく、謎の多い男であるとの話。相手もまたこちらの様子を窺っている節があるようだ。
機関に仇なす者は早急に排除するよう上に報告する必要がある。彼の動向には特に注意して、任務に同行する際など接触の際には記録を付けていく所存である。
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●月×日 任務同行初回
任務内容:ネオシャドウの討伐
簡単な任務ではあるがこれはメンター役が新人の能力を測る目的もある。
マールーシャは攻撃特化の前衛タイプ。属性は花。武器は大鎌。
戦闘能力については申し分ない模様。広範囲に及ぶ鎌での攻撃は力強さもあり群を成す敵にも有効。
勤務態度・言動も本日のところこれと言って問題なし。
が、話をするときにわざわざ目の高さを合わせてくるのはやや癪に障る。
そんなに顔を近付けなくたって聞こえているだろうに。いちいち距離が近いのは、人間時代の性格によるものなのだろうか。
時折こちらをじっと見ている気配がある。目が合うとはぐらかすように笑みを見せるが、レクセウスの言う通り相手もこちらを探っているということか。それにしてもノーバディらしからぬ表情の自然さは些か興味深い。
引き続き注意して観察に努める。
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●月▼日 任務同行二回目
任務内容:大型ハートレスの討伐
指導は一周して二巡目になる。
他の機関員からの指導も一通り受け、前回に比べるとさらに効率的かつ能動的に動けているよう見受けられる。
自身の属性能力も迷いなく使いこなしているようだ。視界に吹き荒れる花弁は、好意的に受け取れば目くらましとして威力があると言えなくもないが、相変わらず何でもない時もフードの着脱の度に辺りに花を散らすのは目障りなので控えるよう注意した。(善処する、との回答。)
任務終了後、少し時間を貰えないかと言われた。個人的なことを聞き出すチャンスかもしれないと思い了承したが、どこかへ赴いたかと思えば戻った彼が手にしていたのはシーソルトアイスだった。僕にくれるのだという。どういうつもりか尋ねたところ、『貴方がこれを好きだと聞いた』と彼は答えた。いったい誰からそんなことを聞いたのだろう。問いただせど曖昧に微笑んではぐらかされるばかり。些末な情報とはいえすでにほかの機関員から個人の情報を得ているあたり油断ならない。
はやく食べないと溶けてしまうぞ、などと急かされ、悩んだけれど促されるまま隣に腰掛けてアイスに口をつけた。相手が怪しかろうともアイスに罪はない。
食べている間、彼はと言えばずっとこちらを眺めていた。観察されているようで居心地が悪い。
会話が弾むわけでもなく、しかしずっと彼の視線にさらされながらアイスを食べ終えた。……こんな風に外で食べたのは久しぶりかもしれない。いつ食べても変わらない味だと思った。
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●月■日 任務同行三回目
任務内容:ワールド調査
彼と赴く三回目の任務はすぐにやってきた。
古くからいる機関員が交代で新人の様子を見ることになっているため、先日共に任務に就いた僕が再び彼の指導にあたるのはまだ先なはずだったけれど。聞き咎めても、親切な先輩が譲ってくれたとよくわからないことを言うばかりなので、真相を得るのは諦めた。
今回のミッションは調査任務で二人で出向かうような任務でもない。
よくわからないまま、穏やかな世界を散策するだけの一日だった。
今日の彼はよく喋った。喋ったと言えど彼が自らのことを語るのではなく、やたらと僕自身のことを聞かれた。特に問題ないことはあれこれと答えたが、古くからいるメンバーと機関の根幹について少なからず興味があるのかもしれない。さりげなく彼の意図について探りを入れてみたが、『ただ知りたいだけ』と曖昧な返事しか得られなかった。我ら機関の目的は大いなるキングダムハーツを完成させ不完全な身体に心を得ること、それ以上も以下もない。余計な詮索をしても無駄だ、といった旨釘を刺しておいたが、そんなことはどうだっていい、などと言い切り、また個人的な話ばかり。『貴方のことがもっと知りたい』だなんて、僕のことなど聞いて何になるのだろう。
とりあえずしつこいので所持している本をいくらか貸す約束をしてその場は切り上げることとなった。
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「どう思いますか、彼の言動」
「いやそれさぁ……」
話を聞いていたデミックスは顔を引き攣らせて言葉に詰まっている。
「帰りに寄り道してアイス食べて? 何をするでもなく平和な世界を歩いておしゃべりして? 挙句、『お前のことがもっと知りたい』?」
「調査任務ですよ何もしてないわけじゃないです」
「それもうただのデートだから」
「は? で?」
「大体そんな日記なんか書いちゃって」
「日記じゃなくて記録です」
「恋、しちゃったのかぁ」
きょとんとしているゼクシオンに、ゼクちゃんもそんなお年頃かあなんてデミックスはにやにやと頬杖をついてこちらを見ている。
「へぇーマルちゃん、ゼクシオン相手だとそういう感じなんだ。ふーんおもしろ。シグバールにも話そ」
…なんだか厄介な方へ話が流れていきそうな気配を察知し、念のため口封じをしてからもうデミックスには話をしないことを決めてゼクシオンは席を立った。
一人で廊下を歩きながら、三回目の任務の別れ際を思い出す。ノートには書かなかったことだ。
この時はアイスはなかった。彼の開いた闇の回廊に足を踏み込む間際、ふと屈見込んできた彼の顔を見ようとしたら、唇に何かが触れた。
なぜ彼がそんなことをするのかわからなくて、じっと見つめ返してしまった。彼もまた何を言うでもなく、いつものように微笑むと先に闇の道へと身を溶かしてしまった。微笑むとき、彼はいつも本心をはぐらかしている。今回は何をはぐらかされたのだろう。
マールーシャからは次の休暇の予定を聞かれていた。特に予定がなければ部屋に行っていいかと聞かれている。
その時にでも、あの行動の意味を聞いてみようか……。
20220816
*お題『11の指導係になる6』
(よければ前日譚もどうぞ。5+6)