一番星にくちづけを
複数人グループの一員の11と6。歌って踊れる11と楽器担当の6(シンセシスト)。他のメンバーは出てきません。
鍵盤に指を乗せた瞬間、その軽いタッチからは想像できない重厚感のある世界が広がる。
眩しい暑いくらいのライトと観客の声を全身に浴びて、ゼクシオンはステージ後方から会場を見渡した。都内某ライブ会場。数万人規模の客席はすべて埋まり、盛り上がりは最高潮を迎える。
ステージの最前に一人のメンバーが躍り出た。桃色の髪の毛をなびかせてステージ中央でマイクを振りかざすと会場は一層色めき立った。
マールーシャはその華々しいルックスと見事な歌唱力、身体能力でメインヴォーカルももダンスもこなす。メンバーの中でも群を抜いてファンも多い。彼が中央に立つと観客の手にするペンライトが一斉に桃色に変わり、一面に広がっていく。それはまるで会場中に花々が咲き乱れるような光景だった。
観客の声援をほしいままにする彼は、伸びやかな声が音響を通して会場に広がるともう誰もが夢中になる。観客だけでない、ゼクシオンですらその姿に意識を奪われかけてしまう。彼をはじめとするメンバーのパフォーマンスを最大限引き出すため、ゼクシオンも自身の演奏に集中することに努めた。彼のように華々しく前に出るよりは、陰からメンバーを支えるこのポジションが自分には合っている。演奏と歌唱、観客の熱狂とが合わさり全てが一体となっていく。自分が創り出した音で満ちた世界に人々が共鳴する。それを同じ場で体感できることが、何にも代えがたい快感だ。
曲が終わると、鳴りやまない歓声の中でマールーシャがゼクシオンを振り返った。ステージ上で微笑む彼はいつも以上に眩しい。ゼクシオンもにっこりと微笑み返す。こういう些細なメンバー同士のやり取りもちゃんとカメラは拾っているものだ。いわゆるファンサービスである。メンバー同士のスキンシップや軽いアイコンタクトだけでもファンは沸き立つ。場を盛り上げるためにメンバー同士でそういった触れあいを意図して取ることは少なくない。
マールーシャが後方に向かって走ってきた。眩しい笑顔に見惚れていると、すぐ隣まできた彼がそのまま顔を寄せてきた。頬に触れる温かな熱。会場が割れんばかりに絶叫している。
初めて受けるスキンシップに、ステージ上にいることも忘れてゼクシオンは呆然と相手を見返した。悲鳴にも似た観客たちの声が、どこか違う世界からの音のように思えた。
「おい、最後の曲の出だし、乱れていたぞ」
公演を終えて舞台裏で最初に言われたのは演奏へのダメ出しだった。ミスを指摘するマールーシャは淡々としていて、華やかなステージの上とはまた違う表情だ。
指摘されたゼクシオンはむすっとマールーシャを睨んだ。確かに彼の言う通りだ。演奏の乱れはチームの乱れに繋がりかねない。けれどどうしてミスが起きたのかと言えば、彼が突然あんなことをしてきたせいだ。
煌びやかに着飾った姿が脳裏に浮かんだ。ステージ上特有の、オーラ全開の佇まい。自分まで射抜かれてしまいそうになるこちらに向く強い眼差し。汗の匂いに混じって香る彼の香りに言いようのない色気を感じて自分まで熱くなってしまった。
そうして触れた唇の熱さと、直後の鼓膜を破るような会場の絶叫。思い出してきた。そうして呆然としているうちに次の曲が始まろうとしてようやく我に返ったのだ。
自分が動揺している一方で彼の方は平然としていて、それがまた腹立たしい。
「誰のせいだと思ってるんですか」
不貞腐れるように視線を逸らして小さく呟くと、マールーシャはふっと頬を緩めた。
「やっぱりあれが原因か」
「他に何があるって言うんです」
「お前がそんなに意識してくれるなんて思わなかった」
そういうマールーシャは何処か楽しそうだ。
触れられた頬が思い出したように熱を持ち始めた。触れたときからずっとゼクシオンの胸の内に燻っていた疑問が頭をもたげる。
「……どうしてあんなことしたんですか。僕たち、そういうのしたことないでしょう」
ゼクシオンとマールーシャの関係は、一言同じグループのメンバーというにとどまる。仲が悪いわけではないけれど、プライベートを共にするような関係性ではない。
それでもゼクシオンが彼に一目置いているのは、持って生まれた才能と思われがちな彼が、本当はひたむきな努力家であることを知ってるからである。表で輝くための努力を影で厭わないその精神が自分の信念にあっている。だから、自分も負けていられないという気になれる。それだけ。彼は仲間であり、ライバルなのだ。そう思っているのは自分だけだろうけれど。当然こんな話を相手にしたことはない。
そういうわけだから、少なくとも突然頬にキスを受けるような間柄ではない。彼が他のメンバーに対してそういう触れ方をしたこともない。それなりに長く活動を続けてきて、こんなことは初めてだ。
「ああいうのやめた方がいいんじゃないですか。軽薄で、好きじゃない」
マールーシャはしばし真面目に思案するような表情を見せるとやがてぽつりと言う。
「何故あんなことをしたかと言えば、魔が差したというのだろうか」
「……はあ」
魔が差したなどというのはまるで彼らしくない言い訳だとゼクシオンは思った。彼が特に恋愛面でだらしないという話は聞いた事がない。華やかな見た目に反して浮いた話はひとつもない男だ。スキャンダルはご法度だから当然と言えばそうなのだけど。そして、ひたすらに自身の活動にストイックなところがまた彼の好ましいところなのだけど。なんて考えながら、彼の魔が刺したという表現には反応に困った。ならば次の質問は、『なぜ僕に?』になる。
「お前の演奏でステージに立つのが好きなんだ」
おおよそ考えていたことの答えともとれるようなことをマールーシャが呟いた。
「お前の創り出す世界の中で、音に身を浸しているのが心地がいい。ステージの上でその音に自分の持てる全てを重ねたとき、そしてそれに会場が一体になって共鳴するとき、全身の血が騒ぐような、言い知れない快感がある。私は、その世界が好きだ」
マールーシャの素直な評価にゼクシオンは内心驚いた。彼がそうやって人を評価することは珍しいし、自分に対しても初めてだ。
そして彼がステージの上で感じていることが、まるで自分の考えにぴたりと一致していることにも驚いた。まっすぐな彼の言葉が嬉しいような、むずがゆいような、様々な感情が胸中に沸き起こる。
「だからあの時の感情は、正しく言えば『魔が差した』と言うよりは『我慢できなかった』ということになるか」
「我慢?」
なんの、と聞こうとして、ふと何やらこちらを見つめるマールーシャの様子がいつもと違うことに気付いた。ファンに見せる華やかな表情とも、仲間内で見せる砕けた表情とも違う。もっと何かこう色気を感じるというか、言ってしまえば、情欲的な眼差し。あの時ステージで自分に向いた目と同じ。その目に見据えられ、ごくりと鳴ったのは自分の喉だった。
「お前の言うとおりだ、ゼクシオン」
動けずにいるゼクシオンに、マールーシャが一歩寄った。
「軽薄だったことは認める。“人前で”ああいった真似は、もうよそう」
そう言ってマールーシャは蠱惑的に微笑んだ。
20220820
タイトル配布元『1番星にくちづけを(お題bot)』様
*お題『ステージ上で11が6にキスするファンサをしたことから始まるアイドルパロ116』