嬌声粛々慾君を汚す
全体の半分ほど逸物が収まると、ふうと長く息を吐いてマールーシャは自分の組み敷いた相手を見下ろした。白いシーツの上には青みがかる髪の毛が広がっていた。その中で顔を腕で覆い表情を見せまいとしているゼクシオンは、肩まで赤く上気して呼吸を浅く喘いでいる。苦しかろう、異物をそこへ受け入れるのは。けれどマールーシャは黙ったままさらに腰を進めた。ゼクシオンが呻くようにして息を漏らす。拒絶のつもりだろうか、しかし、艶めかしい吐息はこちらを一層煽るばかりだった。
彼との関係がこんな形に発展するとは夢にも思っていなかったけれど、一度一線を越えると夢中になった。それはきっと、自身のみにとどまらず相手の方も同じであったに違いない。女役は嫌だと言って聞かない彼を、しかしなんとか説き伏せて(或いは多少の力づくであったかもしれない……)少しずつ触れ合いを深めてきたのだ。プライドの高い彼をなだめすかすのは大変難儀であった。持てる全てを尽くして彼を快楽の沼に引き摺り込み、泥濘に囚われているところに追い討ちをかける……そんなやり方ではあったが、ともあれ二人は肌を重ねるごとに交わりも深めていった。これは、物理的な話である。
「……ほら、もうだいぶ入った」
状況を報告するがゼクシオンは相変わらず見向きもせず、顔を背けたまま息を荒げるばかりだった。
「この調子で慣らしていけば全部入るのもそう遠くないな」
そう言ってマールーシャは下腹部に少し力を加える。ぎちぎちに締め付けられた雄はそれ以上進みそうになかったが、先端程度で大騒ぎしていた初期を思えばこれでもだいぶ進歩したのだ。
圧力を感じてゼクシオンが腕の間から顔を覗かせた。恍惚と蕩けた甘い表情……が見れたらとは思うが現実はそんなものではなく、恨みがましくこちらを睨むその眼差しはもはや殺意と置き換えるのが正解かもしれない。
「……一度抜いてもらえませんか」
「せっかくここまで入ったのに?」
「奥、苦しいんです、いいから早く抜いて」
痛い苦しいと呻くゼクシオンのために、マールーシャは仕方なく膝を引いて少しばかり後退した。彼のもっと奥深い部分を探りたい気持ちはあれど、自分は相手の嫌がる表情に興奮を覚えるタイプではない。せっかく時間と熱を共有しているのだから、お互いが満足できる妥協点を探す方が合理的だ。
屹立した雄の一番張った部分が浅いところを擦ると、ゼクシオンはわかりやすく反応を見せる。奥を広げるよりも、まだ感覚を強く覚える部分を擦られるのが彼は好きだ。抜けてしまいそうなほど腰を引いてから執拗に出入りしてその入り口を刺激すると、ゼクシオンは弱い。わかりやすく身体を揺らして欲する姿は大変いじらしい。彼がこうしてじれったい動きを好むのは承知の上で、しかし自らの猛りと征服欲が募る一方。気をよくしているゼクシオンは手を伸ばして自身の昂りを刺激しだした。後ろからの刺激を肴に前を擦って悦に浸るゼクシオンを見下ろすのも、マールーシャとしてはまた昂るものがある。なんだかんだでいつも最終的には自分のペースで相手を翻弄することになるので、今は相手をよくすることに努めることにした。
献身的に動きながら、マールーシャは手を伸ばして手近なところにあった潤滑剤を取り結合部に塗り足した。滑りがよくなり、挿し込んだそれは楽々と奥へ飲み込まれていく。無理なく進んだ逸物をマールーシャはすっかり元の場所に収めた。気持ちよさそうに自ら与える刺激に酔いしれているゼクシオンは抵抗なく受け入れている。ぬめりのままに奥深く交えた身体を前後すると、不意にゼクシオンが控えめに声を上げた。自身を甘やかしていた手が止まり、両目がマールーシャを見上げた。奥底に熱を宿した青い瞳がマールーシャを捉える。それが、スイッチになった。
ゼクシオンの深いところで中を擦り上げるように動いた。意識を集中して身体を使うと、断続的な動きにゼクシオンは目に見えて理性を溶かしていく。自身を弄んでいたはずの手はいつしかマールーシャの背へとまわり、中への刺激に集中するように縋った。突き上げる度に零れる吐息にやがて声が伴いだすと、もう主導権はこちらのもの。
「マールーシャ……ああ……」
頂点が近くなると、ゼクシオンはとろけるような声で素直にマールーシャを求めた。揺れる声に名を呼ばれ、高まったマールーシャも応えるように強くゼクシオンを抱く。熱い舌を吸い合い、もっと奥深くへ、と欲のままに身体を沈めた。潤滑剤を足した結合部はなんの隔たりもなく、蕩けて緩んだ身体と硬く尖った怒張とを繋いでいる。さらに腰を押しつけると、熱い体内はそれを受け入れるように少し開いた気がした。
不意に思った。
このまま、もっと深いところへ行けるのではないかと。
そう思うやいなや、マールーシャは迷いなく一思いに腰を進めた。
「ぅあっ……?!」
突然の前進にゼクシオンは声を上げ、抱いていた身体が腕の中で大きく跳ねた。
抵抗する間を与えなかった。進んだことのないところまで一気に身体を沈めると、ゼクシオンの腿裏に下腹部が当たり、これまで収めたことのなかった自身がすっかり相手の中へ収まったことを知る。なんだ、存外いけるじゃないか。
挿入が深まった勢いでゼクシオンは仰け反り身を捩った。目を見開いて、何が起きたのかとマールーシャを見る。
「ちょっ、なにこれ深……!?」
「ああ、全部入ったな」
「はあ?! そんなの、許してないっ……!!」
つい先ほどまでのとろけてしまいそうな雰囲気は何処へやら、ゼクシオンは理性を振り絞ってマールーシャをなじりだすが、そんなことはお構いなしに、マールーシャは息をついて触れるものへの感覚に集中した。身体がぴったりと触れていて、動いていなくてもその触れ合いが気持ちいい。相手にそんな感覚を楽しむ余裕があるかといったらなさそうだけど、潤滑剤を足したおかげで動けるようになったマールーシャは、身体を密着させたまま再び中を前後しだした。まだ慣れない奥深くを少しずつ広げるように、その質量を、教え込むように。
「あ、やだっ……待って、動かな……かはっ……!」
「……くっ、きつい、な……」
マールーシャもたまらず息を漏らした。深い圧迫感、奥を嬲られる衝撃にゼクシオンは言葉を失って喘ぐしかできなくなっていた。無理もないだろう、初めて踏み入るそこは経験したことないくらい窮屈で、すっかり収まった陰茎をあますことなく締め上げ、マールーシャでさえ理性を留めるのに相当な精神力を要した。初めて異物を受け入れるその窮屈さは拒絶とも、また縋っているとも取れる。都合よく解釈することにしてマールーシャは暴れるゼクシオンの下肢を抱え直すと、なお奥を目指すように今度は容赦なく突きあげた。
「あぁ゛……ッ!」
苦しげな声が喉から上がる。ゼクシオンも経験したことのない刺激にほとんど半狂乱だ。やはり拒絶の意であろうか、背中に回っていたはずの腕は解かれ、いまやその身体を引き離そうと懸命に爪を立てマールーシャの身体を容赦無く掻いた。白い肌の上を赤い裂線が走るが、痛みは感じなかった。それどころではないのだ。今感じることができるのは、奥を知った、じんじんと痺れるような悦びだけ。
抵抗を見せるゼクシオンの両手首を掴んで引き剥がすとそのままシーツの上に力任せに押さえつけた。少し乱暴だったな、と頭の片隅で冷静さをまだ保っている部分が俯瞰する。多少の強引さがあっても普段のマールーシャならもっと紳士的に振る舞うのに対し、一切の余裕を欠いた触れ方にゼクシオンも一瞬抵抗を止め息を詰めた。驚いたような、怯えたような目と視線が合う。それと同時に、ぐぐ、と奥深くが収縮するかのような感覚が局部に走った。う、とマールーシャも思わず声を漏らした。どこまで煽れば気が済むというのだ、この男は。
「いやだ、マ、……るしゃ、それ以上は……っ」
「……ああ、よく覚えたらいい――奥での感じ方を」
「まって、ま……ぁ゛ああ……ッ!」
まさかここに他者を入れることなどないだろうけれど、しっかり躾けておいた方が良さそうだ。泣き声に構わず執拗に抜き差しを繰り返し、“奥”を教え込むように嬲った。ここに入れていいのは私だけだ、わかっているな。そんな思いで。さっきまで睨んで暴れて抵抗を見せていたゼクシオンも、今や抗えない快楽の渦に飲まれ爪を立てながらもマールーシャにしがみついているばかりで、そんな従順な様子にさらにマールーシャは高まる。
「ぅくッ……、ん、ッッ……ひ、やめ、やら……も……っつぅ」
悲鳴に近い声が響く合間に弱気な声が混じりだした。すすり泣くような彼の様がもの珍しく、加虐性に火をつけられたマールーシャはもう動きを止めることができない。ノーバディの身体がどれほどのものか知れないが、曲がりなりにも身体は成人男性なのだからそう簡単には壊れまい。そう都合よく解釈することにして貪欲に奥を目指した。存外、自分も長くもたないかもしれない。ゼクシオンも揺さぶられるがままに身体をしならせて、もう頂点はすぐそこに。
「ま……っで、あ、ああ゛、むり、やだっ、や、――ッあ、イク、いくぅ……っっ!」
押さえ付けていたからだが大きく跳ね、ゼクシオンは全身を激しく痙攣させた。見たこともない果て方だった。目を見開いて、口角からはだらだらと唾液がこぼれるがままだ。窮屈だった腸壁がそれ以上にうねり収縮するのに目が眩みそうになり、マールーシャは更に動きに力を加えた。もう相手の様子を見て加減してやれる余裕は寸分もなかった。このまま出したい。最奥で、搾り取られるがままに。そんな動物的な本能しかもう残っていない。
しなるゼクシオンの身体を押さえつけ、自らを追い上げ己の解放を許した。放出するさなか、マールーシャもがくがくと腰が痙攣した。すさまじい快感だった。強く目を瞑ったまま、一滴も零すまいと最奥に放ったそれを、更に塗り込めるように腰を前後する
いつのまにか吹き出した汗が顔を伝い落ちる。雫がゼクシオンの肌に落ちると、敏感にその刺激を感じ取ってゼクシオンは身を震わせた。呼気の荒いまま、焦点の合わない目が宙を彷徨い、やがて涙をいっぱいに溜めたまま弱弱しくマールーシャを睨み付ける。その様に、またどうしようもなく昂ってしまう。
自分は相手の嫌がる表情に興奮を覚えるタイプではない。――はずだった。
まずいな、とマールーシャは胸中で呟き天を仰ぐ。
「……癖になってしまいそうだ」
20230320
タイトル配布元『icca』様