からつぽ

 正面から相手の両肩を乱暴に突いた。手のひらに触れる肩はがっしりと固く、強く押すと骨張ったの感触が伝わってきた。ためらう必要などない。何せ相手は自分よりも数倍は頑丈で体格もいいのだ。
 勢いよく寝具に体を沈める時、その衝撃によってマールーシャはほんの少し眉を顰める。閉じられた瞳がゆっくりと開いて、睫毛の束の間から青色が覗く。見上げる青と見下ろす青が絡み合うその瞬間だけ、相手より優位に立ったような気になれた。細い腕で相手を組み伏して優位になった気でいる自分は滑稽だ。彼が本気を出したら自分なんて簡単に引き剥がせるだろう。この状況下で、満足そうに目を細めてこちらを見上げてくるのがその証拠だ。愉しそうな視線に反して苛立たしい気持ちになりながら、ゼクシオンは相手の腰の上に跨った。衣服は、もうすっかり場外だ。

 手を伸ばして触れた屹立はどろどろに濡れている。先端から溢れ出るものだけではない。ついいましがたまでさんざん自分が舐ったからだ。これから狭い体内へと受け入れればならないのだから潤滑剤になるものが必要だっただけのことである。触れた先、ぬめる感触のさらに下に隠しきれない熱を見付けて自分の中で何かが高まった。熱いそれを握り直す。垂直に上へと向け先端を自身へとあてがうと、静かに息を吐きながら、ゼクシオンは少しずつ腰を落としていった。

 入れる時、顔を見ることができない。悔しいけれど、余裕がない。深まりが半分ほど進むと、跨った身体の横に両手を付いて自分の下に寝そべる分厚い体躯に視線を落とした。滑らかな白い肌に似合わない逞しく鍛え抜かれた身体。そっと触れると、盛り上がった筋肉でどこも硬い。雄々しい身体を前にじわりと湧いた唾を飲み込みたくなる。何故、こんなものがいいんだろう。どうかしている。いつだってそう思っている。
 肌に触れていたせいか、マールーシャが僅かに反応を見せた。触れていた部分に力が入り、一層硬くなった。筋肉だけでなく、背後に感じていた質量も増したように感じる。そのうえ、のろのろと進めていたのにじれたのか、彼の方が腰を突き上げてきた。声をあげそうになるのを何とか飲み込んでそろそろと顔を上げると、マールーシャと目が合った。下にいるくせに、見下ろされているような錯覚に陥る。薄く笑って自分を見つめるその目の奥に、情欲の火が灯っている。それを目の当たりにすると、たまらずくんと自分の体内が疼いたのがわかった。

 自分が上にいることの利点は、主導権を握れることに尽きる。相手に翻弄されて訳が分からなくなってしまうばかりなんて御免だった……たとえいつも最後はそうだとしても。彼にとってはきっともどかしいくらいの動きで、ゼクシオンは自分のいいように動いた。集中的に触れているとだんだん良くなってくるところを見付け、しばらく一人でそこばかり行き来した。身体の触れ合っている僅かな部分が熱くなってくると、ようやく相手のことを思い出す。これでは相手の身体を使った自慰と大差ないな、と思う。

 そう感じたのを見計らったように、マールーシャの手が伸びて首の後ろに触れた。襟足の先をさらい、大きな掌を後頭部に沿わせたかと思うと、自身も身を起こして同じ眼の高さにきた。熱を持った瞳が閉じるのに、つられて自分もそうしてしまう。相手のペース。よくない兆候だ、けれど、抗うことなんてできない。そんなことは望んでいない。
 触れた唇は熱く、しっとりと柔らかい。唾液の甘さを味わっていると、つながったままの結合部に力が入った。相手の質量が増し、自分もまたそれをきつく締め付けた。それをしおに、再び動き出したのは相手の方だった。
 優位に立っていたのはほんのわずか、もうすっかり彼のペースだ。下にいるくせにスプリングの反動を使って難なく中を行き来する。結局耐えられなくなって声を上げるのは自分なのだ。けれど、耐えきれなくなるころにはもうどっちがどうだとか、そんなことはどうでもよくなっている。しがみついた相手の身体が熱く、汗ばんでいることしかわからない。ぶつかる吐息があつくて、どんどん速くなって――最後、背骨が軋むほど強く抱かれる。身動きが取れないまま、彼が果てていくのを全身で受け止める。

 ほどなくして同じように昇りつめた後、崩れるようにしてゼクシオンは相手の身体に身を預けた。意識は仄暗い水の中に、沈むでも浮かぶでもなくそこにあった。
 中を擦られて迎える絶頂は、射精のそれとは違う。眼の眩むような刺激が弾けたあと、なかなか引いていかない長い長い余韻。射精後の虚脱感とは違う、生暖かい水の中を揺蕩うような、自由のきかない身体のだるさと浮遊感。何も考えられない。頭が空っぽになる。それがいい。その瞬間が。

 

 きっと彼もこんな快感を知らない。
 組織のことや自分のことを忘れ、自分の中に目覚めてしまった快感を増幅させて爆ぜるのに、いつしか抜け出せない快楽を見出している。

 

20230320