星を待つ話
身体をちぢこませて首元のフードを手繰り寄せるも、防寒仕様ではない革のコートでは寒さをしのぐのにも限界があった。仕方なしに両手をこすり合わせていると、前を歩いていたマールーシャが振り返って尋ねる。
「寒いか」
「……別に」
素っ気なく答えつつも、ゼクシオンはかじかむ手に息を吐きかけた。マールーシャも何も言わず、再び前に向き直るとさらに先を目指した。暗い夜の森を、黙って二人歩いている。任務でなければこの男と二人だけで出歩くこともあるまい。
二人は機関の命を受けてこの世界に降り立っていた。暗く寒い夜が延々と続くような世界で、森に蔓延る大型ハートレスの掃討任務の最中だった。群れで行動するタイプのハートレスは、二人の実力をもってしても駆逐するのにそれなりの苦戦を強いられた。あらかた討伐したものの、取り逃した残党を追って現在二人は森の奥へと足を進めている。
任務の道中、マールーシャとの私的な会話は一切なかった。事務的なやり取りすら最低限に留められた。取り立てて話すこともないうえに、ゼクシオンはこの男に対しては特別注意を払っていたからである。
マールーシャはつい最近機関に迎え入れられたばかりだというのに急速にその中枢に近付いていた。今度構える新しい機関の拠点には、彼を筆頭に人員を配置するという案まで出ているという。とんだ出世話である。表面上は取り繕っておいて裏ではいったいどんな考えを秘めているのやら、ゼクシオンは注意深く相手の動向を探っていた。
相手の方はというと、こちらのことなど眼中にないことは明白だった。ただひたすら何かに向かって猛進しているような印象を受けた。そのために機関という組織さえも利用しようとする、彼の真の目的とは一体……。
考え事にふけっていたら急にマールーシャが歩みを止めたので、すぐ後ろを歩いていたゼクシオンはあわやマールーシャの背にぶつかりそうになった。
「な、なんですか急に」
そう言ってゼクシオンがマールーシャを見上げると、マールーシャもまた黙って空を見上げていた。目を奪われているかのような様子につられて視線を上げ、その先にあるものを目にしてゼクシオンは息を飲む。
鬱蒼と茂る木々の間から垣間見た空に、星が流れた。長く尾を引くように。続けて、もう一筋。見れば見るほど、真っ黒な空に無数の星が流れているのがわかった。流星群だ。
「すごいな」
そう呟いたマールーシャの声は、まるで感嘆しているかのようだった。
「初めて見たよ、こんなにすごいのは」
ゼクシオンも黙ったまま星が流れ続けるさまを見つめていた。息をするのも忘れそうになるくらい、しばらくのあいだ目が離せなかった。
「策士様はずいぶん夢中のようだ」
マールーシャはゼクシオンを覗き込むと軽口を叩いた。
「……何か感じることでもあるのか?」
ゼクシオンは黙っている。
空を流れる無数の星を前にして、脳裏に甦る光景があった。
※サンプルはここまでです。