天邪鬼

 その日、任務を終えたマールーシャは同行していたラクシーヌと連れ立って帰還した。話しながら城内を歩いていると、ロビーのソファに誰かがかけているのに気付く。ナンバー6のゼクシオンがこちらを見つめていた。本を膝の上に開いているが、その目はじっとマールーシャを見据えている。

「こんばんは」 にこりと微笑んで挨拶するマールーシャ。
「こんばんは」 ピクリとも動かず目だけでその姿を追うゼクシオン。

 会話は続かず、マールーシャとラクシーヌは連れ立ってそのままロビーから出ていった。

「あいつ変わってるわね」
 長い廊下を進む途中、ラクシーヌはロビーを振り返りながら耳打ちするように言った。
「なんだってあんなところで本なんて読んでるのかしら」
「誰かの帰りを待っているんじゃないか」
「そんなに仲いい人いたっけ」
「素直になれないところが彼らしいな」
「どういう意味?」

 マールーシャは問いには答えず不意に足を止める。

「忘れ物をした」
「は?」
「先に戻ってくれ」

 よく休めよと労いの言葉をかけると、マールーシャは呆気にとられているラクシーヌをおいて踵を返した。

 

 

 ロビーに戻るとゼクシオンはまだ同じ場所に座っていた。視線を本に落とし、マールーシャがすぐ近くまで寄っても今度は顔も上げない。やれやれとため息をついてマールーシャはかがみこんだ。

天邪鬼あまのじゃくな奴だ」
「……」
「それで、ご用件は?」
「別に。話すことなんてありません」

 ゼクシオンはぱたんと本を閉じるとそれを脇に置いて立ち上がった。きっと睨むように目を向けられる。強気な青い瞳と視線がぶつかった。

「貴方、遅いんですよ。一冊読み終わってしまいました」
「お待たせしたとは申し訳ない。次は時間を決めて待ち合わせようか」
「それがいいですね」

 皮肉を込めて答えるとゼクシオンは顔も見ずに足早にロビーを後にした。ソファの上には彼の本が置き去りにされている。分厚い本を手に取るとマールーシャは立ち去る背中に向かって呼びかける。

「忘れているぞ」
「貴方が持ってきてください」
 ゼクシオンは振り返らずに答えた。
「今夜、僕の部屋に」

 本当に素直じゃないな、とマールーシャは残された本を眺める。ずっしりと重たい辞書のような本。一体どれだけここで時間を過ごしたのだろう。分厚いこの本を読み終えてしまうまで、何を思いながら一人でいたのだろう。
 遠ざかっていく背中を見つめながら、素直になれない天邪鬼な恋人の所作にマールーシャは一人微笑を浮かべた。

 

20190522