愛しい

「……貴方、全然喋らないですね」

 汗が引くと、ゼクシオンは身体が冷えないようにと布団を引っ張り上げた。身体に巻き付けていると、ふわりと後ろからの温もりを感じる。ほんのり汗ばんだ肌は触れるとしっとりと手に馴染んで心地がいい。
 何の話だ、と聞くので、行為中の話です、と咎めるような声を出して振り返った。背中に感じるマールーシャの肌はまだ熱く、こちらを見つめる目も先ほどまでの余韻を残していて今にもくっついてきそうだ。

「無粋だろう」
「そういうものですか」
「そういうものだ」

 ふうん、とつまらなそうに言うとゼクシオンは前に向きなおって立てた膝に顔を埋めた。肩に口づけられるのをさせるがままに、ついさっきまで繰り広げていた光景を思い起こす。
 聞こえるのはお互いの吐息と、ベッドのスプリングの軋む音と、肌を打つ乾いた音。そして、自分の声ばかり。時折労わるように具合を確認してくれるが、彼の声なんてその程度。喘ぐこともなく、いつも静かに吐息だけを漏らして彼は自分を抱いた。
 ほんの稀に、名前を呼ばれることがある。荒く吐き出される吐息の間に本能に呼びかけるようなそれが聞こえると、たまらない高揚感を感じる。だから、もっと何か言えばいいのにな、と思うのだ。

「おい」
「え?」

 低い声に顔を上げると、マールーシャがこちらをじっと見ていた。さっきまでの優しい眼差しから一転してどこか不機嫌そうだ。見慣れない表情にゼクシオンは僅かに戸惑う。

「誰かと比べているのか」
「は? え、違いますよ」

 何をいっているんだこの男は。一瞬呆気にとられるが、ゼクシオンはあわてて否定の言葉を返した。比べる対象があるわけがない。

「ならいいが」

 マールーシャはそういうと、気が済んだようで何事もなかったかのように隣に潜り込んできた。狭いベッドの中に無理矢理二人で並ぶと、マールーシャはそっと鼻頭にキスを落とす。眠りにつく前にいつもされる。

「集中しているんだ」

 だしぬけに言われてゼクシオンはえ、と顔を上げた。暗がりで、マールーシャの表情はよくみえない。

「お前に集中しているから、最中は喋る暇などない」
「そう、ですか」
「そうだ」

 ふっと笑うとマールーシャは手を伸ばしてゼクシオンを抱き寄せ、そっと頭を抱いた。照れているかのような彼の仕草と今言われた言葉を反芻しているうちに、ゼクシオンは例えようもない感情が胸の中に沸き起こるのを感じた。胸が締め付けられるような、むずがゆいような、でもそれは決して不快ではなくて、なんだろう、わからないけれどとにかく彼に触れたい。そんな衝動的な気持ち。
 心があればこの気持ちの正体もわかるのだろうか。
 優しく背中を撫でる感触に、安心が勝って身体から力が抜けていく。眠りに落ちる間際、寝ている間くらい自分の感情に素直であれとゼクシオンは手を伸ばして彼の広い背中に手を回した。

 

20190522