バスルームにて
バスルームまで一直線に進むと、マールーシャはためらいもなくそのドアを開け放った。温かい蒸気が一気にあふれ出して視界を遮るその向こうに、真っ白な背中が無防備に見えた。洗髪の最中か、泡に塗れた髪の毛がぺたりと首筋に張り付いてる。
突然の気配にゼクシオンが勢いよく振り返った。目を見開き、瞳の明るい青は驚愕の色を映している。
「何事ですか、驚いたじゃないですか」
「なぜベッドで待っていない。手を煩わせて、悪い子だ」
イライラとした調子を隠すこともなくマールーシャは言い捨てると、土足のままバスルームに踏み込み乱暴にゼクシオンの肩をタイル地の壁に押し付けた。熱いシャワーが黒いコートに当たって跳ねる。
「機関員の私室に勝手に回廊で入り込むのは禁忌だと前教えましたよね」
「さあ、覚えていないな」
ため息をつくゼクシオンに構わず、マールーシャはずいと迫ると身動ぎをするゼクシオンを押さえつけてその喉笛に噛みついた。食い破らんばかりに歯をめり込ませると、悲鳴にも似た叫び声が上がる。バスルームに反響する声が五月蠅い。二度と声が出せぬよう噛み切ってやろうか。
強く胸を叩かれ、負けじと容赦なく髪の毛を引っ張られて口を離す。見れば、白い肌にくっきりと歯形が残っていた。かろうじて皮膚は破れてはいないものの、痛々しく傷になりかけているのを見るのは小気味よかった。
「今のでその気になったか」
蔑むように言いながらマールーシャはゼクシオンの脚の間に膝を割り込ませた。ゼクシオンは不愉快そうに睨み返しているものの、下半身のそれは芯を持ち始めその首を擡げている。
別段返事を待つわけでもなくマールーシャは手袋の指先を咥えるとそのままずるりと外した。すでに水分を吸って重たくなった皮の手袋は適当に投げ捨てる。この先は不要だ。
足を開かせたまま、今度は雑に引き寄せると肩越しに背中を見下ろす。腕を腰に回すとその先にある尻肉をかき分けて奥に秘められた小さな孔に触れ、指を二本、無理矢理押し込んだ。ゼクシオンは短く声を上げ、マールーシャのコートを強く掴む。
「随分と性急ですね……服も脱がずに」
ゼクシオンはそう言いながら侵入してくる指の動きに身をよじらせると、マールーシャにもたれかかりその背に濡れた腕を回した。
「我慢できないんですか」
「黙っていろ」
まるで抱き合うかのような姿勢とこちらを真っ直ぐ見上げる眼差しに嫌悪してマールーシャは乱暴にゼクシオンの顎を掴むと無理矢理視線をそらせた。
この男の、時折見せる余裕そうな態度が本当に気に入らない。色めかしい声が、自分の何かを狂わせるのが腹立たしい。捻じ伏せて、口をきけないようにして、服従させたい。どろりとした感情が腹の底に溜まり始める。
差し込んだ二本の指を、広げるようにして抜き差しをした。ゼクシオンは身体を揺らして自らの良きところに誘うが、決して触れない。彼の快楽のためにやっているのではない。
やや雑に身体をほぐし指を抜くと、ゼクシオンの熱のこもった目が催促するようにマールーシャを捕らえた。目が合うと、マールーシャは無言で自分のコートの前を開け、もうずいぶん前から昂らせた己のそれを取り出しす。焦らされているのは彼か、はたまた自分か。
下から抱え上げるようにしてゼクシオンの細い躯体を抱きあげると、陰茎の先端をその秘孔にあてがう。身震いする身体を押さえつけながら、徐々に力を抜いてその自重で挿入を促した。
「ん……んぅ……や、かたぃ……は、ぁあっ」
ほぐしきれていないそこに押し入るその圧迫にゼクシオンは背中を丸めてマールーシャにしがみつく。口を大きく開いて浅く呼吸を繰り返しても、自重で深まる挿入に声が漏れ出てしまう。
きつい締め付けにマールーシャも思わずゼクシオンを抱える腕に力が入った。かくかくと震え、全身濡れてわからないが目に涙を浮かべているであろうゼクシオンの快楽に貫かれた瞬間の表情がたまらない。
道半ばまで咥え込んだのがわかると、バスルームのタイル地の壁にゼクシオンの背を預け、押さえつけるようにして何度も突き上げた。きつく締めあげるそこを擦り上げれば、待ち侘びた刺激にゼクシオンの喜悦の声がバスルームに反響する。
「うっ……んぐ、ふぅう……」
マールーシャの首に腕を回し、声が響くのを抑えようとゼクシオンはその首元に顔を埋める。シャワーの音で掻き消される、と耳打ちしながら尚揺さぶれば、程なくして耳のすぐそばで再びこらえきれない喘ぎ声が漏れ出し始めた。僅かな理性を打ち破って快楽に服従するこの瞬間にマールーシャは例えようのない優越感を感じた。
ぱしゃぱしゃと水が顔にかかる。ゼクシオンが濡れた髪をかきあげながらシャワーの水を止めようと栓に手を伸ばすが、それに気づいたマールーシャはその腕を掴み制止した。
「はぁっ……苦しい」
「水も滴るいい男じゃないか」
「馬鹿なことを……っあ、あンっ」
睨みつけるゼクシオンをまた壁に押し付け、マールーシャはより強く体を打ち付けた。ゼクシオンはもがき抵抗を見せるが叶わず、ずくずくと下腹部を責め立てられる刺激と、絶え間無く降り注ぐシャワーの水による息苦しさにだんだん余裕がなくなる。どんどんと強く胸を叩かれるがマールーシャは動きを止めない。水を飲んでむせこむその表情は息苦しそうで、マールーシャの中のどす黒い感情は高まる一方だ。
「ちょっといい加減に……っごほっ」
声を上げるゼクシオンにシャワーヘッドを向けると、ダイレクトに顔に受けた湯が鼻から入り、いよいよ大きく咽せ込み始めた。前も見えず、苦しそうにもがきコートの金具を握り生に縋る弱弱しいその姿を見て、こみ上げる何かにゾクゾクしながらマールーシャは気付けばゼクシオンの首に手をかけていた。ひと捻りだ。この腕一つで、この男からすべてを奪うことができる。
自分の腕に彼の命運がかかっていることにどうしようもなく興奮し、下半身を犯し続ける一方で首にかかる手にはじわじわと力を込めていった。バタバタともがいていた四肢が、徐々にその力を失っていく。大量の水が流れ込んだ喉からごぷりと音がする。
絶頂の間際に思う。
たったひと捻り。そうすれば、この男を永遠に手に入れられるのだろうか?
いよいよ声がか細くなったのを聞いて、ようやくマールーシャは栓をひねり水を止めた。がくりと脱力したゼクシオンを抱き寄せて背中を叩けば、激しくえずきながら水を吐き出す。がたがたと震える身体が落ち着くまで、マールーシャは宥めるように背中を優しくさすり続けた。
「殺す気ですか」
声はまだ弱弱しいが怒りに満ちた口調でゼクシオンはマールーシャの腕に爪を食い込ませた。
「最高だった」
「……覚えてなさい」
「こんなにしておいてよく言う」
マールーシャはそう言ってゼクシオンの陰茎を指ではじく。ぐったりするゼクシオンと相反してそこはがちがちにいきり立っていた。
「生本能じゃないですか」
生命の危機に面すると子孫を残そうとする本能が目覚めるとかいうあれのことを言っているのだろうか。ノーバディ風情が生に執着する姿は実に滑稽で、狂おしいほど愛おしい。
まだ肩で息をしているのにも構わずマールーシャは抱えていたゼクシオンを下ろすと、ふらつく身体をそのまま壁のタイルに向かせて押し付けた。ひんやりと冷たいタイルにゼクシオンはほてった体を素直に預け、弱弱しく肩越しに振り返る。後ろから自分の陰茎を再び後孔にあてがうと、今しがた自分の出したものを潤滑剤にして今度はたやすく中に入り込んだ。熱のこもった声が、水音の止んだ静かなバスルームに再び響く。
もうすっかり水を吸って重たくなったコートを脱ぎ捨てると、マールーシャは濡れた髪をかきあげてゼクシオンのしなる背中を見下ろした。真っ白なその背中をどう穢したものかと考えると、再び腹の底に黒い感情が燻るのを感じてマールーシャは身震いをする。
20190923