オムレツの朝2

 オムレツはうまく作れないから苦手だ。もたもたするとすぐ中まで火が通ってしまうし、弱気になって火加減を誤ればきれいにまとまってくれない。
 しかし目の前の男はこともなげにひとつひとつの工程を完璧にこなし、最後に逆手で持ったフライパンに平皿を被せて軽々とひっくり返すと、湯気の立つ見事なオムレツがそこに出来上がっていた。おお、と思わず感嘆の声が漏れる。
 全くなんてことない様子で同じようにしてもう一つ作り上げると、マールーシャは出来上がったばかりの方をゼクシオンに差し出した。うまくできた、と得意げだ。さっきまで布団で惰眠を貪っていただらけきった姿から一転して、すっかり頼もしく、爽やかな笑顔は眩しくすら見えた。
 受け取った皿をそっと揺すると、期待通りの柔さを感じる。中はとろとろに違いない。遊ぶなよ、と軽く窘められながら、二人分の皿をテーブルに運んだ。なにか手伝えることは、と探していると、座っていていいからとやんわり断られる。体調を気遣ってくれているのだろう。だいぶのんびり過ごしたのでほぼ問題なかったが、優しい恋人の配慮に甘えることにしてゼクシオンは席についてできたてのオムレツを眺めながらマールーシャが来るのを待った。

 結局昼近くまでだらだらと過ごしてしまったので二人して空腹だった。オムレツとサラダにとどまらず、あらゆるものをテーブルに所狭しと並べて、当初の予定より色気のない食卓となっていた。性欲を満たしたっぷりと睡眠をとったいま、男二人、色気より食い気である。
 あれこれと話をしながら、時間を気にせずにゆったりと過ごした。日は高かったが、窓からの日差しは気持ちよく、コーヒーの香る食卓は理想の朝食に限りなく近くてゼクシオンは満足していた。

「オムレツに納豆入れる人もいるみたいですよ」
「……うまいのか?」
「あの糸引く感じが意外といいとか」
「チーズでいいだろうに」
「今度作ってみてくださいよ」
「うーん……考えておく」

 渋い声を出すマールーシャにくすっと笑う。彼はあまり納豆を好まなかった。冷蔵庫のそれを消費するのは概ね自分だ。しかし決して邪険にしないで、なんとか自分の中で折り合いをつけようと試行錯誤している様子はいじらしいもので、胸が温まる思いでゼクシオンはその様子を目を細めてみつめた。
 眼前のオムライスは期待通りの出来栄えで、空っぽだった胃袋に優しく収まった。作るのは苦手だが食べるのはもちろん大好きだ。

「このあとはどうする」
「どうもこうも、こんなにだらけてしまって、出掛ける時間はないですよ。五時には僕、帰りますからね」
「もう帰る話か。五時って早くないか」
「ちゃんと昨日言いましたよ」

 マールーシャはフォークを握ったまま年甲斐もなく不満げにむくれた。そんな顔したってどうしようもあるまい。別に自分だって早く帰りたいわけじゃない。家で人目を気にせずに二人で過ごすのも、外を並んで歩くのだって好きな時間だ。時間の許す限り一緒にいたい。それでも、休みが終われば彼は仕事があるし、自分だって授業があるのは逃れられない現実である。

「出掛けるならまた次の時にしましょう」
「次、か」
「その時は、夜更かしもほどほどにして」
「久しぶりだと歯止めが利かなくてな」
「もう、朝からそういうこと」
「──ここに、」

 不意にマールーシャは何か言いかけた。が、何を思ったのか、途中でふっつりと黙ってしまい、言葉は続かなかった。

「え、なんです?」
「……いや」

 頭を振って小さく息をつくと、マールーシャはそういえば、とテレビの方を指さした。

「まだ時間はあるだろう。この前話していた映画、録画してあるから見ていったらどうだ」
「あ、本当ですか。じゃあ、是非」

 覚えていてくれた上に用意までしてくれていて、行き届いた配慮に感心した。
 食べ終わった食器と食卓を一緒に片づけてから並んでソファにかける。ん、とマールーシャが片腕を広げるので、もたれかかるようにして体を預けた。腕はそのまま抱き寄せるように腰に回される。あたたかい。温もりが心地よい反面、帰りがたくなってしまうな、とゼクシオンはこっそり息をついた。
 せめて映画が終わるまでは素直に甘えようと、体から力を抜いてオープニングの流れ始めた画面を見つめる。

 

 

『ここに、住めばいいのに』
そう彼が提案するのは、まだ少し先の話。

 

20200213