大型ハートレス

 その日、珍しく早いうちに任務を終えたデミックスは、存在しなかった城の広間のソファにかけて悠々と自分の武器のメンテナンスをしていた。まだ多くの者は任務で外出しており、広い城の中には他者の気配を感じない。広い空間で他者に気を遣うことなく寛ぐことができるというのは気分の良いものだった。こういうことならばたまには任務を頑張ってみるのも悪くないかもしれない。
 身長ほどもあるシタールを抱え、普段の素振りからは想像できないような丁寧な所作で全体を磨き上げ、弦の状態を確認し、時折指で弾(はじ)いてはその音色にうんうんと頷く。心などないはずなのに、シタールを扱うその様子はまさに“楽しそう”とは言いえて妙だ。

 武器とは言えど、ザルディンのランスやレクセウスのアックスソードとは違い、デミックスは武器自体の殺傷能力に頼った戦い方をするわけではない。シタールの奏でる音色はデミックスの能力を最大限まで引き出してくれた。任務では己の矛であり盾であり、休息の時間では癒しを与えてくれる。実に優れた相棒であるとデミックスは自負していた。誰かさんのクレイモアではこうはいくまい。
 そろそろ弦を変えたいような気もする、経費で落とせるのだろうかなどとデミックスが思案していると、ふと闇の回廊が現れる気配を察知した。誰かが任務を終えて帰還したようだった。優雅に一人で過ごすのも悪くはないが、やはり誰かと過ごす方をデミックスは好んだ。話し相手に足る人物だといい、と思いながら回廊から誰が降り立つのかを見ようと振り返る。

 闇の中から堰を切ったように飛び出してきた人物が、勢い余ってそのまま床に倒れ込んだのを見てデミックスは一瞬呆気にとられた。起き上がれないのか、その身を床に横たえたままぜいぜいと肩で息をしている。磨いたばかりのシタールを手の内に消しながら、デミックスは立ち上がるとその人物に歩み寄って上から見下ろした。

「……ゼクシオン?」

 蒼銀の頭髪を床になげうつその小柄な姿は、ナンバー6のゼクシオンに間違いなかった。見たことのない仲間の弱り果てた姿にデミックスが狼狽えていると、かろうじて意識を保っていたゼクシオンは力なく顔を上げて声のする方に目を向けてデミックスの姿を認めた。

「……貴方、なんでこんな時間にここにいるんです……任務は終わったんですか」
「いやいやいや俺のことより自分の心配しなよ……すごい怪我してんじゃん」

 その姿はコート諸共切り傷だらけで、ところどころ血に濡れている。足を怪我しているらしく、ブーツをも切り裂いた大きな傷口からは今尚血が流れ、真白い床を汚していた。

「うぇっ、それ抉れてんの? 今日そんなすごい任務だった?」
「……予期せぬ大型に出会ってしまい……不覚でした」

 そういうとゼクシオンはぜいっと息を吐いたのち拳を握りしめた。
 聞けば、そもそも今日の任務は簡単なワールド調査のみだったため、回復薬などの持ち合わせもあまりなかったらしい。突如現れた敵になんとか応戦したものの、埒が明かずに消耗戦となり、遂に撤退を決めたのだという。年若いとはいえゼクシオンは決して弱いわけではない。手練れた魔力は自分ならできれば相手をしたくないと思わせるほどだし、頭の回転も速く、滅多な場面で窮地に陥ることなどないように思えた。そんな彼をここまで追い詰めた敵を思うと、デミックスは思わず戦慄する。

「エーテル、ありませんか」
「自己回復で凌ぐつもり? さすがにケアルガでも追い付かないっしょ……ほらつかまって、治療しに行こ」

 ゼクシオンを支えながらなんとか立ちあがらせると、不器用ながらもその肩に腕を回して半ば引きずるようにデミックスは医務室を目指した。不服そうながらも、反論すらままならないゼクシオンは大人しく体を預けながら足を引きずって歩いた。他人に頼ることを好まないのはプライドの高い彼らしいな、とこっそりデミックスは胸のうちに思う。

 道中、ゼクシオンの傷だらけの姿を横目で見ながらデミックスはひとつだけ気になったことを問う。

「それにしても恐ろしいハートレスがいたもんだね。そのコートボロボロだけど、刃物使ってくる感じだったの?」

 傷が障るのか機嫌が悪いのか、ゼクシオンは黙ったまま答えなかった。

 

 

 黒い影が闇の回廊から降り立つ。地を踏みしめるも、疲弊した様子のその黒いコートの人物は壁にもたれて呼吸を整えていた。

「なかなか派手にやられてるなぁ、優雅なる凶刃さんよ」

 どこからともなく降ってくる声に顔を上げれば、高い高い天井の梁のような部分にまた同じような黒に身を包んだ男がこちらを見下ろしていた。片目を覆う眼帯、顔に走る傷痕を見ると、ああ、貴方か、と優雅なる凶刃と呼ばれた男は息をついた。天井からひょいひょいと壁を伝ってシグバールはマールーシャの前に降りたつ。
 マールーシャが庇う右腕はだらりと肩から下がり、どこかおかしな曲がり方をしている。骨をやられているようで、当分使い物にならなさそうだ。屈強な彼にここまでの深手を負わせるとはなかなかの相手だったに違いない。シグバールは興味深げにその様子を眺めてから呟く。

「お前さんも噂の“大型”にやられたのかい」

 声の大きい輩がふれ回ったせいで、ゼクシオンが任務先で大型ハートレスの被害に合ったという噂は既に多くの機関員の知るところとなっていた。厄介な敵がいるのなら排除せんと討伐の任務が新たに立ち上げられたとかいう話すら聞く。
 マールーシャは息をついてから姿勢を正すとコートの汚れを払い少し思案したのちに答えた。

「いや……小型・・だったな」

 マールーシャの答えにシグバールはハッと鼻で笑った。

「随分と獰猛な小型だな」
「ああ、退屈しないで済みそうだ」
「小型の匂いをつけてると後が怖いぜ」

 そういってシグバールが指さすのは、血の撥ねたマールーシャのコートの裾元。薄く笑うマールーシャの優しい色の髪の毛が揺れるが、その下の瞳は惨忍さを秘めている。
 いいねえ、とシグバールは内心満足そうにその表情を見据えた。面白い男じゃないか。目をつけられた方は気の毒だがな。

「……ああ。言ってるそばからお出ましだ」

 そう呟くと不敵な笑みを浮かべて素早くコートを纏いシグバールは姿を消した。滲み出る闇のオーラを感じてマールーシャが振り返ると、そこにレクセウスが立っている。眉間の皺は濃く深く、怒りを露わに佇んでいる。

「こんばんはレクセウス」

 何か御用でも、とは白々しいにも程がある。勢いよく伸びてきた左腕が躊躇いなく胸ぐらを掴んできたが、こっちの『大型』に応戦する体力が残っているかは怪しいものだった。

 

20191227