甘い秘密は隠し扉の中/砂糖と薔薇とそれから - 1/2

 せーの、

「8」
「17」
「17!?」

 驚きの声を上げながらデミックスは相手の紙袋を引き寄せて勢いよく覗き込んだ。色とりどりの包装紙とリボンが目に鮮やかだ。数を数えながら可愛らしくラッピングされた小箱をひとつひとつ机の上に並べていく。確かに17個だ。

「惨敗じゃん ! 今日一日でこんなに?」
「あなた、午前の授業に出てこないからですよ。さっき来たばかりなんでしょう」

 咎めるようにゼクシオンは言いながら、机の上に広げられた17個の小箱を淡々と紙袋へと戻した。いったいこれだけの量のチョコレートを消費するのにどれだけの時間を要するのだろう、などと野暮なことをデミックスはゼクシオンの様子を眺めながらぼんやり考える。【バレンタイン、どっちのほうがチョコレートたくさんもらえるか対決】は今のところかなり劣勢だ。

「それなりにもてるだろうとは思ってたけどここまでとは予想外だった……」
「ただの付き合いですよ。学科クラスの女子とか、TAの先輩とか。今日は研究室にも寄ったし」

 照れるでも喜ぶでもなく、とりたてて興味もなさそうにゼクシオンは紙袋をわきに押しやった。

「付き合い、ねえ……」
 紙袋からのぞくゴディバの包装紙をちらりと見やる。可哀想に、君の気持ちは彼にちっとも届いていないよ、とデミックスは心の中で名も知らぬ女子生徒に同情の念を送る。

「……で? 負けたほうが明日のお昼奢り、でしたっけ」
「え、ちょ、まだ今日終わってないから! これからサークル行って、バイト行って、20個くらい余裕でもらってくるから!」

 慌てて弁明するのを聞いてゼクシオンはくすくすと笑う。頬を緩ませた顔にデミックスは思わず見入ってしまった。普段あまり感情を表に出さない彼がこうして自分の前で相好を崩すのをみて密かにうれしさがこみ上げる。
 楽しそうなゼクシオンを見て、気になっていた質問をぶつけてみることにした。

「なあ、その中に本命からのチョコって入ってるの?」
「え」

 瞬時にゼクシオンの表情が硬くなる。

「……ないですよ」
「あ、じゃあこれから? 夜彼女と会うとか」
「彼女いませんから」
「またまたぁ」

 デミックスは唇を尖らせて机の上に身を乗り出す。じっと目を見ると、ゼクシオンは居心地悪そうに目線をそらせた。彼女の存在について問いただすと毎度この反応だ。本人はいないと言い張っているが、デミックスはその言葉をほとんど信用していなかった。ある時期からあからさまに雰囲気が変わったし、自分では選ばなそうな小物を持っていることが増えたからだ。
 ゼクシオンがひたすらに彼女の存在を隠すことが疑問だった。嫉妬や劣等感などは全くない。親友なんだから教えてほしいのにな、とほんの少し寂しく思うのだ。

「まーいいや、話したくなったら教えて。俺めっちゃ応援してるし!」
「僕の話聞いてました?」
「じゃあそろそろいこーかな」
「あ、ちょっとまって」

 デミックスが席を立ちかばんを肩にかけるのを見て、ゼクシオンも自分の鞄を引き寄せた。ごそごそと中を探ると、小さな袋を取り出す。

「はいどうぞ」
「へっ?」
「あげます。これ好きでしょう」

 渡された袋はそこそこ名の知れた洋菓子店のものだ。開けてみるとフィナンシェが入っている。

「あなたには普段お世話になっているので」
「ぜ、ゼク~!!」

 感極まってデミックスは両腕を広げてゼクシオンに抱き着こうとしたが、ひょいとかわされる。目を細めてはにかんでみせるゼクシオンを見て、一瞬胸に広がりかけた寂しさも瞬時に霧散した。

「ねー、これもカウントに入れていい?」
「まあ、いいんじゃないですか」
「9対17かあ……うん、まだいける! 財布の用意しておけよ!」
「そのポジティブさはほんと見習いたいですよ」
「へへ、ありがとーね。今日一番うれしいかも」
「お返しは7倍で」
「7?! 聞いたことないけど?!」

 教室を出て、校舎を出たところで手を振って別れる。
 親友がこの後誰と過ごすのか、過ごさないのか、知らないけれど、残りの時間も彼にとっていい時間であるようにと、デミックスは心の中で願うのだった。

 

『甘い秘密は隠し扉の中』
タイトル配布元『icca』様

20190214

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