097 旅行の最終日

 チェックアウトを済ませて旅館を後にする。温泉と海鮮を満喫した二泊三日だった。
 昨夜はよく寝て、今朝もよく食べ、温泉も堪能したおかげか、隣を歩くゼクシオンはいつもより肌も髪の毛もつやつやとして見えた。恋人のコンディションがいいのはいいことだ。マールーシャも日頃の疲れを癒していつも以上に気分がよかった。
 来るときはタクシーに乗ってきた駅までの道は、歩くとそれなりに時間を要するが、天気もいいのでと海を見ながらのんびりと歩いた。午前中の爽やかな陽気の中、二人を取り巻く空気は穏やかでやわらかい。

 旧東海道に入ると、途端に辺りは商店で賑わいだした。かつて魚市場だったというその通りは今でも漁師町風情が色濃く残り、水産加工品の店が長く立ち並んでいる。名産品のさつま揚げやら蒲鉾やらを買い食いし、気に入ったものを自宅用にに買いこみ、そうしてぶらぶらと歩きながら名残惜しくも駅の改札をくぐった。お互い気に入ったし、またぜひ、と言い合いながら、新幹線を待つ時間でふらりと入った土産物屋でのこと。
 後についてこないゼクシオンに気付いてマールーシャが戻ると、なんだか見覚えのあるような桃色の毛玉を、ゼクシオンはじっと見つめていた。

「うわ、例の毛玉じゃないか」

 横から覗き込んだマールーシャは、連れの手の中に見覚えのある桃色の塊を見付けてうっかり嫌そうな声を出してしまう。
 いつぞやゼクシオンの部屋に置かれていた桃色の毛玉。あれを幾回りも小さくしたストラップが、網棚に陳列されていたのだ。あろうことか、温泉地にちなんで手桶の中で温泉饅頭と仲良くセットになっている。どっちが饅頭かわかったものじゃない。

「ご当地毛玉……」
「そんなに有名なキャラクターだったのか」
「さあ」

 ゼクシオンは短く言いながら小首を傾げた。部屋に毛玉を置いていた時は随分とご執心のようだったが、それでいてこの毛玉の正体についてはとんと無頓着であった。あまりに夢中で一緒にいる時ですら手の届くところに置いて離さないのが気に入らず、没収したことは記憶に新しい。今はマールーシャの部屋の片隅に放っておかれている。たまに彼が部屋に来るときに構ってもらえるくらいだ。いい気味である。
 しかし再び運命的な再会を果たしてしまった毛玉をまたしても手中に入れようと考えているらしく、ゼクシオンは手のなかのそれをまじまじと眺めていた。しっかりと値札まで見ている。

「……買うのか」

 思わず渋い声が出ていた。

「ちょうど鍵に付けるものを探していたので」

 記念に、といってゼクシオンはそのストラップを握りしめた。

「温泉饅頭と板わさ、どっちがいいと思います?」

 真剣に聞くにはどこか可笑しな質問に、ううむとマールーシャは唸る。どっちだっていいだろ。と、視線を彷徨わせた先に、彼の手に取ったキーホルダーの並びに毛玉の色違いを見付けた。あ、と言いながら指をさす。

「見ろ、ニュータイプ毛玉」
「うわ、ほんとだ。仲間がいたんですね」

 ぱちぱちと目を瞬かせてゼクシオンはそれをみつめると、不意に自分の手の中の桃色を隣に並べるようにかざした。くすんだ青と言えなくもない不思議な色の毛玉をみたとき、なぜかマールーシャはぴんときた。自分も手に取ってじっとみつめる。ちなみに、板わさの方だ。

「え、買うんですか、それ」

 怪訝そうにゼクシオンが見上げて尋ねる。マールーシャは普段こういったものに興味を示さないので珍しく思ったようだ。

「買おうか。私も鍵に付けよう」

 マールーシャは青い毛玉を目の高さまで持ち上げた。なぜだか突如として不服そうなゼクシオンとこっそり見比べる。いつぞや誰かさんが毛玉に夢中になっていた気持ちが、今なら少しわかる気がした。

「旅の記念に」

 そう言い加えると、もの言いたげだったゼクシオンも自分の手の中のそれに視線を送り、やがて頷く。
 会計を済ませてから、そういえば揃いで何か買ったのは初めてかもしれない、と今更ながらに気付いた。

 

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今日の116
旅行の最終日。お土産屋さんで色違いのご当地ストラップを買い、カギにつける。名産品を自分たち用に買い込む。