098 鼻歌を歌っていたら

 優雅なる御仁はご機嫌麗しい。

 辺り一帯を埋め尽くす色とりどりの花々に向かって水を与えたり、花を摘んだりしているその背中を、ゼクシオンは離れたところからぼんやりと眺めて思う。
 此処はマールーシャの領域。『秘密の花園』とゼクシオンは勝手に呼んでいる。人目を忍んで彼のためだけに作り上げられたその場所では、いつ訪れてもそこかしこに植物が根を張り、葉を広げ、美しく花を咲かせていた。空間を彩るそれらが彼の能力によるものなのか、はたまたどこかから買い付けてきたのか、その出所は不明であったが、マールーシャは足繁く通っては小さな植物たちに惜しみなく手を尽くしているようだった。普段身の丈ほどもある大鎌を派手に振り回している姿とは打って変わり、小さな花を相手にうずくまり土いじりをしている姿は『優雅』とも『凶刃』とも似つかわしくなく、いつみても不思議な気持ちになった。
 時折、マールーシャはこうして誰にも踏み入らせないはずのこの場所にゼクシオンを誘った。誘っておきながら、マールーシャはここへ来ると大概ゼクシオンをほったらかして自分の世界に浸っている。ゼクシオンとて植物に興味があるわけでもなく、作業を手伝うわけでもない。手持ち無沙汰ではあるが、ゼクシオンにとってもこの空間で過ごす時間はある意味貴重であったため、誘われれば特に異を唱えるでもなくその後に続いた。花には興味を持たないが、この空間を作り出したノーバディにはたいそう興味があったのだ。

 この日マールーシャは、見ごろを終えた薔薇の剪定をしていた。毒々しいほどに真っ赤な薔薇はまだしばらくは美しい姿を見せてくれそうな力強さを感じたが、次に咲く花のために早めに摘んでしまうのだと彼は言う。剪定ばさみを使いパチパチと枝から瑞々しい命を切り離していく。上機嫌で鼻歌なんぞ歌いながら、マールーシャはその作業に没頭していた。いつものように邪魔にならないところからそんな彼の様子を見ていたゼクシオンは、ふとその背中に声を掛ける。

「随分と楽しそうですね」

 振り返ったマールーシャは僅かに驚きの色をその目に浮かべていた。ゼクシオンが作業の途中に話しかけることはこれまでになかったからだ。

「植物とは相性がいいからな」

 自身の身に宿す属性のことを言っているのであろう、マールーシャが手を振ると紅の花弁がどこからともなく現れ、また消えた。楽しそうな表情を見てゼクシオンは常日頃考えていることをまた胸の内に思う。

(とても、ノーバディとは思い難い)

 過去の感情の記憶を色濃く持っているせいか、表情豊かな面々は機関員にも多少はいる。それでも彼の言動は他のどの機関員よりもそう思わせた。こんな秘密基地をこしらえて、植物を、生命をはぐくむことに傾倒しているかのように振る舞うなんて。
 あまつさえ、同性でもある自分に執着して、花を向けてくるだなんて。
 マールーシャはまだ若い薔薇を一本手折ると、こちらに向きなおって恭しく掲げた。

「可笑しな人」

 差し出された花を見つめながらゼクシオンは呟く。心なんてないくせに、と。
 マールーシャは微笑むばかりだった。艶やかな微笑のその裏に潜む計り知れない闇の深さに、どうしようもなく焦がれてしまう。

 

 花咲き乱れる庭園の在り処と闇を抱えた花守りの存在は、ゼクシオンしか知らない。

 

*お題はとてもとても曲解しています。

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今日の116
鼻歌を歌っていたらハモってきたので最後まで歌いきる。楽しかったから今度カラオケ行こうと盛り上がる。