096 雪が降ったので外に出てみる
冷たく澄みきった空気の中、見渡す限り白く塗りつぶされた雪原に黒い人影が現れる。桃色の髪の毛をなびかせて、まだ誰の足跡もない雪を踏みしめながら、マールーシャは振り返って笑顔を見せた。
「見てみろ、すっかり止んでいる」
一面を覆いつくすまで昨夜から静かに降り続けた雪だったが、ちょうどマールーシャが外に出た時点ではぴたりと治まっていた。
たまの休暇、雪の降り続けるさまを部屋の窓から眺めていたところ、いてもたってもいられずに様子を見に外へ出てきたのだ。――渋る恋人を引き連れて。
「……あんまり遠くに行くんじゃありませんよ」
仏頂面のゼクシオンは離れたところから声を掛ける。保護者よろしくマールーシャがはしゃいだ様子で雪の中を歩き回るのを、身を縮めて寒々しく見守っていた。かろうじて城内の屋根の下、雪に足を踏み入れるつもりはないと見える。
「こっちに来てみろ、足を取られるほど積もってるわけじゃない」
「ここまでついてきただけでも感謝してほしいものです。さっさと済ませてください」
「つれないな」
マールーシャは肩を落とした。別に雪合戦をしようなどと言っているわけではない。滅多に見ることのできない景色の中を、ちょっとばかり並んで歩こうと提案しただけだ。寒さをそこまで嫌うものかというほどにかたくなに拒む彼を説得するために、貴重な休日の午後を彼への給仕に費やすと約束することでようやく敷地内の一角までならと許可を得たのだった。(とはいえ、彼のために時間を尽くすことはむしろ大いに望むところでもあるため事実これはマールーシャの一人勝ちである)
ゼクシオンはこちらにやってくるどころかそっぽを向いていた。寒いのだろう、防寒具としての機能はそこそこの黒コートのフードを手繰り寄せていた。対してマールーシャは雪原にかがみこむと、まっさらな雪を掬い上げて手の内に丸めていく。
「こっちに投げたら軽蔑しますよ」
ゼクシオンは鋭く睨みを利かせるが、気にしていない様子でマールーシャは手の中の雪玉を足元で転がし始めた。
「雪だるまが作れそうだ。どこかに腕になりそうな枝でも落ちていないか」
返事はなかった。まるで心あるかのように楽しげにゼクシオンの方を振り返ったマールーシャだったが、入り口に蹲ったゼクシオンを見ると不意に口をつぐんだ。
黒いフードをすっぽりとかぶり、肘を抱えて壁にもたれるようにしながら小さく背中を丸めていた。真白い世界の中に小さくなった黒を見て、マールーシャは雪玉を置いて彼の元まで戻る。近づいて見下ろすと、小刻みに震えるその姿はなんて小さいのだろう。
「……眩しい。目が焼けてしまいそう」
うんざりした声でゼクシオンは小さく呟いた。
雪なんか嫌いだ、と。
ちらと鼻先を掠めた白に、マールーシャは空を見上げた。曇天からはまた静かに雪が舞い始めている。
「戻ろうか」
マールーシャはそう言うと優しくゼクシオンの腕を取って立たせた。フードに覆われた表情を見せぬまま、ゼクシオンはその腕に従い二人は場内に戻っていく。
作りかけの雪だるまは命を吹き込まれることなく、雪塊はほどなくして風に煽られて崩れるとあたりの雪原と一体になった。
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今日の116
雪が降ったので外に出てみる。ちょっと触るだけのつもりだったのにいつの間にか雪だるまを作っていた。ねえ、どこかに腕になりそうな枝落ちてないかな?