104 疲れて帰ると相手が迎えてくれて

 任務から帰還したゼクシオンは、庶務を済ませると真っ直ぐ自室に向かった。珍しく疲れ切っており、もう何もしたくない気分だったのだ。
 ゼクシオンに振られる任務は調査任務であることが多いため、帰還してそのまま研究作業に入ることが常である。しかし、もちろん例外もある。この日は運に見放されたように物事がうまく回らなかったのだ。環境調査のために訪れたワールドはお世辞にも活動しやすい場所とは言えなかった。森のようなそこは視界も悪く鬱蒼と茂った木々と複雑に絡み合う根源で足元も悪い。早々にしてこのワールドは使い物にならないと判断できたものの、つい興味本位で奥へと進んでしまった。そうした先で、悪質なハートレスの群れと対峙してしまったのだ。消耗戦にもつれ込んだあげく、あまりの分の悪さに苦渋ながらも身を引くことを余儀なくされたのであった。

 体力魔力共に底をつきかけていたゼクシオンは帰還した足でサイクスの元へ行き手短に状況報告を述べ伝えると、重たい身体を引きずるようにして自室へと向かった。疲れ切っていてこのまま新たな作業が手につくとは思えなかったし、誰かと話すのも億劫だった。
 部屋で一人になりたい。その思いだけを志して真っ直ぐに部屋を目指した。幸い誰にも合うことなく自室までたどり着いた。安堵の息を漏らしながら扉に体重をかけて中に踏み込んだ時だった。

「おかえり」

 人がいるはずのない自室から声が上がってゼクシオンはぎょっとして顔を上げた。マールーシャがくつろいだ様子でそこにいる。ゆったりと椅子に掛けて、自室のような優雅さだ。部屋を間違えたかと思ったが、確かに自分の部屋であることが分かると気の抜けるようなため息をついて部屋に入った。咎める気すら起きなかった。

「今日はまた随分お疲れの様子だな」

 足を引きずるゼクシオンを見てマールーシャは驚いた様子で席を立った。椅子を勧められたものの、ゼクシオンはその横をすり抜けてベッドに向かう。道中、汚れたコートを脱ぎ落してから脇目も振らずにベッドに身を横たえた。疲れ切ったゼクシオンが呻くのを横目に、マールーシャは落ちたコートを拾う。コートに跳ねた様々な汚れを認めると、少し眉間にしわを寄せてこちらを振り返った。

「討伐任務なんて珍しい」
「そんな予定じゃなかったんです。無駄な体力を使いました」
「シャワーを浴びた方がいいんじゃないか。用意しようか」
「……面倒」
「まあそう言うな」

 愚図るゼクシオンの言う言葉は軽く受け流し、マールーシャはコートをたたんでわきに置いてから風呂を沸かしに浴室の方へと向かった。遠くからかすかに水音が聞こえてくるのを、無様にベッドの上で伸びながらぼんやりとゼクシオンは聞いていた。
 何の用あってマールーシャがこの部屋にいたのか知れないが――おそらく用などないのであろうことも予想できたが――普段は鬱陶しく思うことも少なくない彼のお節介は、こんな調子の今日は素直にありがたかった。気力が戻ったら、何か謝礼をした方がいいだろうか、と考えて、やはり柄じゃないなと思いとどまる。ならば、今日のところは素直に甘えておこう。

 ほどなくしてマールーシャが戻ってきてシャワーを促した。起き上がるのが億劫で渋っていると呆れた様子で腕を差し出してくれたが、それでもそっぽを向いているとやがて腕を回して抱き起された。花に似たマールーシャ独特の香りが鼻孔をくすぐり、よく知ったその香りはゼクシオンの身体のこわばりをまた少し解いた。四肢の力が抜けて、抱かれるままに身体を預ける。このまま意識を手放してしまいたくすら思うが、マールーシャもその気配に気付いたのか、こら、寝るな、などと身体を揺さぶってくる。目が回りそうになるのでやめさせるが、落ち着くと再びその腕の中で力を抜いた。珍しく大人しいうえに素直な様子なのでマールーシャは不思議そうにのぞき込む。

「すこしだけ」

 不思議と感じる心地よさに、もう少しだけこのままでいたいと思っている自分がいた。

 

*お題は少し改変しています。
ご都合解釈につき機関員の私室はバスルーム付きです。

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今日の116
疲れて帰ると相手が迎えてくれて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。ハグするとストレスが三分の一になるらしいという話をしたら間髪をいれずに抱き締められた。あー、癒される。