106 食べ放題に行く

 駅前のシティホテルで開催されている季節のスイーツビュッフェの広告を見せてきたのは彼の方からだった。南国フェアとやらで色鮮やかなフルーツが目白押しとなっている。
 気になるレストランやティーサロンを見付けると声を掛けるのは大抵マールーシャからのことが多く、ゼクシオンからこういった類いの誘いを受けたことがなかった。それゆえ最初に彼がこの広告を見せてきたときはどういった意図があるのか飲み込めずにいたものの、聞けばそれは何の捻りもなくスイーツビュッフェのお誘いだったのでマールーシャは少し驚いた。甘いものが好きだったかと問えば、彼は広告の下部を指す。どうやら有名な紅茶店との提携で、普段はなかなか手の出ない価格の茶葉が飲み放題なのだとか。本来の目的はこちらなのだとゼクシオンは言った。

「この紅茶、お宅にもあるでしょう。貴方も楽しめると思いますよ。それに、一度くらい甘いものを好きなだけ食べてみるのもいいかと思って」

 まくし立てるようにゼクシオンは言ってから、どうでしょう、と控えめに見上げてきた。挑戦的な姿勢にマールーシャは笑って快諾した。
 当日、若い女性だらけの店内に通されてもゼクシオンは物怖じせず淡々と皿にケーキを盛っては黙々と平らげていった。お目当ての紅茶もそこそこになかなかよく召し上がることだと感心せずにはいられない。マールーシャが早々に食べるペースを落として紅茶を楽しみ始めても、ゼクシオンは全制覇でも狙っているのかと思うほどよく食べた。

「タルトがどれも良かったです。フルーツの酸味が絶妙で。シフォンケーキの生クリームも、軽くて甘すぎなかったし……」

 どれがよかったと話しながらの帰路。指折り数えながらゼクシオンは食べたものを思い出しては感想を述べていった。淡々とした調子で話しているが、好きなだけ食べて満足したのか饒舌だ。
 彼がこんなに甘いものを食べるなんて知らなかった。ことによったら、最初から紅茶ではなくこっちが目当てだったのかもしれない。よく覚えておこう、とマールーシャは胸に刻んだ。デートの選択肢が増えるのは喜ばしいことだ。
 会話もそこそこによく食べるゼクシオンを思い出して微笑ましく思っていると、行く手の先にあるコーヒーショップを指してゼクシオンは歩みを緩めた。

「少し寄って行きませんか」
「まだ食べるのか」

 半ば呆れつつ笑うと、ゼクシオンは言う。

「さっきは食べるのに集中しすぎていたので……」

 前を向いたままそう言うゼクシオンの横顔が優しい。マールーシャも目を細めた。
 二人は並んで扉をくぐっていく。

 

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今日の116
食べ放題に行く。食べるのに集中しすぎて会話なし。ただ相手がおいしそうに食べる顔をたくさんみられたので満足。