004 人混みに流されそうなところを

 絶え間なく行き交う車。空気を濁らせる排気ガス。無数の人の声、ざわめき。
 スクランブル交差点に臨む歩道の端から、ゼクシオンはそれらをぼんやりと眺めていた。
 信号が青になり、歩道に身を潜めていた人々が一斉に歩きだす。ほどなくして交差点はおびただしい人々が入り乱れ、すっかりその路面を覆い尽くしてしまった。せかせかと歩く人たちは周りなんて気にせず、多少ぶつかったって誰も気にしない。
 立て続けにすれ違う人とぶつかったゼクシオンはバランスを崩して大きくよろけた。雑踏の中で自分の存在がとても小さなものに思えて、自分なんていてもいなくてもこの世界にとっては何の関係もなく日々は続いていくんだろうな、などと漠然と考えた。人混みは嫌いだ。肩にかけた鞄の紐を思わず強く握る。

「ゼクシオン」

 突如腕を掴まれながら名前を呼ばれてびくっと肩が跳ねた。振り返るとマールーシャが心配そうにのぞき込んでいた。

「どうしたんださっきから、話も上の空で、ろくに前も見ずに歩いたりして」

 往来の真ん中で、マールーシャは掴んだままの腕をぐっと引き寄せた。前から歩いて来た女性が怪訝な顔をしながら二人を避けていく。喧騒が耳に届いて、ゼクシオンは急速に現実に引き戻された。そうだ、今自分は一人ではなかった。今日はマールーシャを買い物に付き合わせて街へ出ていたのだ。

「すみません、考え事をしてしまって」
「せめて歩いているときは控えるんだな」

 呆れたように言いながら、マールーシャは掴んでいた腕の力を緩める。が、するりと滑らせて手首のあたりを優しく掴み直すと、そのまま前に立って歩き出した。

「こっちだ」

 そういいながら、人混みを器用に避けて進んでいく。その背中は広く大きく、何事にも物怖じせず真っ直ぐに道を切り開いていくその姿にゼクシオンは見入られた。夢中でその背を追った。彼と同じペースで歩けば、手首に感じるのは彼の体温だけ。じんわりと温かい手首に神経が集中してく。
 人の多い一帯を抜けるとやっと手を放してくれた。

「人が多くて疲れたんだろう。どこかで休憩しよう」
「僕の買い物だったのに、すみません」
「構わないよ。時間はまだあるか」

 大丈夫、と頷いて見せるとマールーシャも頷き返し、また前を向いて先を歩き始めた。しばらくついていくようにその背中を見つめながら歩いていたが、やがて少し足を速めるとマールーシャの隣に追い付いて、肩を並べるようにして歩いた。

 

*この後ゆっくり休憩(健全)した


今日の116
人混みに流されそうなところを腕を掴まれ助けられる。人の少ない方へぐんぐん手を引いていく背中を見て頼もしく感じる。