006 デートに10分遅刻
「お疲れ様」
「すみません、遅く、なりました」
「珍しいな。何かトラブルでも?」
「電車を乗り過ごしてしまって」
申し訳ないと目を伏せながら、促されるまま椅子を引いてゼクシオンはマールーシャの向かいの席に着いた。店員がすぐさまやってきて二人の間にメニューを置いていく。色とりどりのケーキの写真が目に飛び込んだ。休日の昼下がり、ちょうどティータイムの頃合いである。
「何か頼みましたか」
「飲み物だけ。会ってから決めようと思って」
「ケーキ、どれかどうです」
ケーキと紅茶がおいしい店だとここを紹介してくれたのはマールーシャだ。それ以来彼との待ち合わせは大抵この店でしていた。お茶を飲みながら、本を読みながら、時には何か食べたりもして、これから来る相手のことを考えながら待つ時間がゼクシオンはささやかに気に入っていた。
マールーシャも賛成のようで掲げたメニューをのぞき込んだ。
「季節のタルト、おいしそうだ」
「じゃあそれ。今日はご馳走させてください」
「なんだ、気にしなくていいぞ。たかだか十分程度で」
「でも、僕の気が収まらないから」
珍しくゼクシオンは食い下がる。普段は大抵自分のほうが早く来て彼を待つことが多かったのだ。マールーシャとて待ち合わせの時間には余裕をもってやってくるのが常だったけれど、彼よりも先について待っていることはいつしか自分の中で確固たるポリシーとなっていた。自分の不注意で相手を待たせてしまったことがわだかまって、このままでは落ち着けそうにない。
マールーシャもゼクシオンがひどく真面目である上に強い主張は決して曲げない頑固な一面があることは重々理解しているため、その強い意志のこもった眼差しを見て、じゃあ今日は、と早めに折れてくれた。店員を呼び止めて、いちごがぴかぴかと輝かしいタルトを二つ注文する。花のような甘い香りのする気に入りの紅茶も一緒に頼んだ。
注文の品が来るまでに、その日あった他愛ない出来事を話したりなどした。傍目には普通の恋愛とはいいがたいかもしれないが、マールーシャとの付き合いは落ち着いて穏やかなものだ。たまの遅刻もスパイスかもしれない、なんて自分の失態を正当化して考える。なにしろ彼に何かをご馳走する機会なんてほとんどないのだ。口に慣れたケーキをこうしていつもと少し違った味わい方ができるのは、平凡な日々の中で物珍しくもあり少しワクワクする自分がいた。
でももう遅刻はしないようにしよう、とゼクシオンは運ばれてきたタルトの上に鎮座する真っ赤ないちごをみてこっそり胸の内に誓うのだった。
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今日の116
デートに10分遅刻し、相手は気にしていない様子だったが罪悪感からカフェでケーキを奢る。