009 背中に文字を書いてみる

 トワイライトタウンの時計台の前に座ってゼクシオンは眼下の街並みをぼんやりと眺めていた。いつしかこうして任務終わりの時間をここで過ごしていることが増えていた。待ち合わせなどしていたわけではないのだが、時として現れる彼をどこか待っている自分がいることを自覚せざるを得ない。誰も現れずに結局一人で帰還することも少なくなかったが、それでも気が向くとゼクシオンは任務を終えた後時計台に向かっていた。
 トワイライトタウンには今日も今日とて穏やかな時間が流れている。眩しい西日を全身に浴びながら、山々の向こうの落陽を、街を走る列車を、何を思うでもなくただ見つめていた。平和な世界だ、とゼクシオンは思う。狭間の世界と乖離した街並み。人間だった頃の記憶が微かに頭をよぎった。どうもここに来ると感傷的になりがちだ。心など、ないはずなのに。

「随分と猫背なんだな」

 突然後ろからの声と共に背筋を撫で上げる感触が走り、ゼクシオンは飛び上がりかけた。振り返るとそこにはマールーシャが、自分と同じ目線になってしゃがみ込んでいた。西日を浴びた青い瞳がいつもより明るくゼクシオンを見据えている。

「危ないですね、こんなところで驚かすのはやめてくださいよ」
「考え事か?ぼうっとして、らしくもない」
「余計なお世話です」

 つんとした態度になってゼクシオンは前に向きなおった。全く気配を感じさせなかった相手に驚きつつ、気を抜きすぎていた自分を反省する。マールーシャは特に気にしていないようだったが、まだ指をあてたまましばらく黙っていたかと思うと、やがてなにやらその指で背中をなぞり始めた。

「ちょっと、なんですか」
「動くなよ」

 振り返りかけたが、それを阻むようにしてマールーシャはゼクシオンの言葉を遮る。はあ、と曖昧に返事をしてゼクシオンはそのまま静止した。手袋がコートの背をなぞる鈍い感触が背中を這うのはあまり気持ちのいいものではないが、じっと待った。流れるようにすらすらと何かを書くと、マールーシャは指を離してゼクシオンの隣に腰を下ろした。

「わかったか」

 そう聞くマールーシャはどこか楽しそうだ。

「なんだって自分の名前なんて人の背中に書くんです」
「おや、簡単だったか」

 足をぶらつかせながらマールーシャも下を覗き込むようにして視線を逸らせた。穏やかな風に乗って桃色の毛先が揺れていた。

「書きたかっただけだ、何となく」
 彼にしては珍しくあまりはっきりしない返事だ。ふうん、とゼクシオンもまた曖昧に相槌を打つと、つられて正面の景観に視線を戻した。平静を装うものの、なぞられた背中の感覚はしばらく忘れられそうになかった。

 

 

*お題が可愛らしすぎて悶絶したものの、お前ら誰?ってなってしまった回。付き合ってない。

 

おまけ

 二人がそろって帰還すると、珍しくロクサスがデミックスにむかってがなり立てている場面に出くわした。

「なんでアイス食べちゃったんだよ、俺のだったんだぞ」
「えぇ? そんなの知らないよ~。誰のものかなんて書いてなかったし」
「書かないだろ!」
「取られたくないものにはちゃんと名前を書いておかなきゃだめだぞ~、先輩からの忠告だ」

 悔しげに地団太を踏むロクサスを軽くあしらいながらデミックスは私室へ続く長い廊下に向かって歩き出していた。

「名前……」

 不意に口に出して、ゼクシオンはマールーシャを見上げる。マールーシャは何も言わずに口角を上げるだけだった。

 

 

「シーソルトアイスのどこに名前なんて書けっていうんでしょうね」
「えっ、そこ?」


今日の116
向こうをむいて座っている相手の背中に文字を書いてみる。あっ、こっち向いちゃだめ。なんて書いたか当ててみて。