012 駅前で待ち合わせ
改札を出た先に深緑色のマフラーが見えると、マールーシャはそれを目印に人混みをすり抜けながら目標に近づいていった。
券売機の側の柱に身を寄りかからせながら、彼は何をするでもなくぼうっと待ち呆けているように見えた。コートのポケットに手を入れて、ぐるぐると巻いたマフラーの中に顔を埋めるようにして。右目にかかる長く伸ばした前髪と厳重にまかれたマフラーとで顔がほとんど見えないが、あの深緑はいつぞや自分が贈ったものに違いなかった。寒い季節になると愛用してくれているようで、年季がかってきたそれを今年もまた使ってくれることをマールーシャは嬉しく思う。
時計をみれば、待ち合わせの時間にはまだ十分程余裕がある。気温と天気を考えたら屋内で待合せるべきだったなと少し後悔している折、背の高いマールーシャに気付いたのであろう、ふとマフラーの間から覗く目と目が合った。あ、という表情ののち、寄りかかっていた柱から身を離して彼はこちら向かってきた。
「ゼクシオン」
恋人の名前を呼ぶと、マフラーの隙間から少しはにかむように目を細めて彼は近くまで来た。先ほどまでの呆けた顔から一転して目には嬉しそうな色が浮かんでいて、可愛い、などと喉元まで出かかった言葉をなんとか押し留めた。
「早かったな。待たせたか」
「いいえ、今来たばかり」
ゼクシオンはそういいつつも少し鼻をすすった。嘘が下手だな、とマールーシャはゼクシオンの冷えて赤くなってしまった耳と鼻先を見て思う。申し訳ないことをしたと思いながらポケットから取り出した缶コーヒーをゼクシオンに持たせた。今しがた購入したばかりのものだ。
「温かいですね」
まだ熱いくらいのそれを懐炉代わりに胸に抱くのをみて、冷えたその指先を温めるのが自分の手だったらよかったのに、などと思う自分がいた。
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今日の116
駅前で待ち合わせ。伏し目がちで寒そうにマフラーに顔を埋めていたのに、こっちに気付いた瞬間ぱあっと嬉しそうな顔になって駆け寄ってきた。おまたせと言ったら「今きたとこ」だって。嘘つき。耳が赤くなってるよ。