113 スキップ
キッチンを覗き込んで、エプロン姿の後ろ姿にゼクシオンは声を掛ける。
「もうそろそろ時間ですよ」
鍋の番をしていたマールーシャは冷蔵庫に張り付けたタイマーを見た。
「まだあと二分あるぞ。固茹でが好みか?」
「いや、蕎麦の話ではなくて」
呆れて言うが、ゼクシオンが時間を気にしているのを他所にマールーシャは焦る様子もなくのんびりと箸を動かしながら笑っていた。
今年は一緒に年越しをしようと決めて、何をするでもなくこたつで暖まりながら年末の特番をだらだらと見て大晦日の夜を過ごした。だらけすぎて年越し蕎麦の支度がすっかり遅くなってしまい、時計の針の進みにはらはらしながらゼクシオンは蕎麦を、否、恋人が隣に戻ってくるのを待っている。マールーシャの方は特段時間を気にしていない様子で、ゆったりと、しかし手際よく湯気の立つそばを二つの丼に取り分けた。食事は済んでいるから軽めにしようと話していたものの、買ってきた天麩羅も添えられていて豪華だ。
こたつの上を片付けて蕎麦をを並べるころにはもう日付の変わる寸前だった。ようやく並んで腰を落ち着けたころに、テレビのリポーターが賑やかしく新年の挨拶を告げた。なんとなく改まった気持ちで二人も蕎麦を前に新年の挨拶を交わす。
「新年おめでとうございます」
「今年もよろしく頼む」
「こちらこそ」
改まった挨拶はなんだか気恥ずかしくて、ゼクシオンは箸を手に取った。“年越し”蕎麦とは、といいながら穏やかに過ごした。こうやって年越しを過ごすのは初めてだ、とゼクシオンは思う。隣に誰かがいて、部屋の中は暖かく賑わっていて、自分も笑っている。年は明けたばかりだけれど、今年はいい年になりそうな気がしていた。
「そうだ、これを」
きれいに空になった丼を片付けて再びゼクシオンがこたつに戻ってくると、マールーシャが懐からなにやら封筒を取り出した。首をかしげていると、封筒ごと手渡される。
「お年玉」
「ええ? 嘘でしょう?」
笑いながらもゼクシオンは差し出された封筒を受け取った。よくあるポチ袋ではなくしっかりした封筒だった。封がされていないようなので中を覗いてみると……
「これって……」
出てきたのは新幹線のチケット。行き先は、有名な温泉地だ。
「クリスマスは何処にも行けなかったから、年始くらいゆっくり過ごせたらと思って。二泊三日、温泉旅行。悪くないだろう?」
マールーシャはそう言って湯呑を持ち上げて茶を啜った。悪くないどころの話ではない。言葉に出来ず、チケットを握りしめたままこくこくと頷いた。
「気に入ったか」
「スキップでもしたいくらいですよ」
珍しく浮かれているのが伝わったようで、マールーシャも嬉しそうに目を細めた。
今年も幸せに、楽しく生きられたら良いと思う。できれば、ふたりで。
*元のお題には全然添えていません。スキップ=浮き足立っている、くらいの曲解。
昨年のものですが、お正月特別版のお題が出ていたのを控えていたのでそちらに寄せて書きました。
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今日の116
スキップができるかどうかで大論争。実演することになり二人でスキップしてるところを第三者に目撃され変な噂がたつ。
今日の116(正月版)
年越しそばを食べる。年末年始だから、天ぷらもたくさん乗せちゃう!ながーく幸せに、楽しく生きられますように。できれば、ふたりで。