017 手紙をもらう

拝啓 優雅なる凶刃殿

貴方にこうして何か残すことを考えつくなんて思ってもみませんでした。
自分の最期を考えた時に脳裏に浮かぶのが貴方のことだなんて、なおさら。
自信過剰で慇懃無礼で、貴方のことなんて大嫌いでしたよ。
ことさら、貴方といることで自分が自分でなくなるような、
言い表せられない感情を抱くことがとても不愉快でした。
僕が戻らなくても機関は何も変わらないでしょうけど、
少なからず時間を共有した貴方は何か思ってくれるのか
それは少し気になります。
もしも貴方がもう戻らないと知らされたら僕は何を思うのでしょう。
喜びも悲しみもないけれど、耐え難い喪失感がそこにある気がします。

心などなくてよかった。
こんなこと、感情があったらとても伝えられなかったでしょうから。

 

 

「ちょっと、何を見ているんですか」

 そう鋭い声が飛んできたのでマールーシャは書面から顔を上げた。声の主は紛れもなくゼクシオンだ。変わりなく指先まで黒を纏い、長く伸ばした前髪を右目側に流して、見慣れた不機嫌な表情でこちらを見ていた。眉間に皺を寄せて、マールーシャの手の中の紙を見ている。

「勝手に人の部屋を物色して、悪趣味な人」
「なんだこれは」
「見てわかりませんか」
「分かるから聞いている。どういうつもりでこんなものを」

 ゼクシオンに負けず劣らず不機嫌さを顕著にしながらマールーシャはゼクシオンを睨んだ。手紙とは名ばかりで、死をほのめかすそれはまるで遺書のようだ。冗談でこんなものを書くような男ではないはずだが、それにしてもだいぶ質が悪い。

「ちょっと厄介な任務だったんですよ。身辺の整理はしておけと指導者にも言われましたし」

 言い訳するようにゼクシオンは肩をすくめて言った。
 ゼクシオンがその長期間の任務から戻った日のことは覚えていた。何の挨拶もなしに長いこと姿をくらませていたので、本当に消滅したんじゃないかと一部で話題になったほどだった。指導者から直々に命を受けた極秘任務だったと聞かされたのは、多く傷を負ったゼクシオンが帰還して、その傷もだいぶ癒えてきた頃だった。
 あの時の状況を思い出すだけで更に不愉快な気分が増幅した。手に力が入り、紙がぐしゃりと音を立てる。握りしめたそれを見てゼクシオンは言った。

「欲しいなら上げますよ」
「いらん」

 ぽいっと紙切れを放ると、マールーシャはずかずかと歩み寄ってゼクシオンを捕まえた。

「こういうのは直接言うべきなんじゃないか?」

 機関員の中ではかなり小柄なその身体は簡単にマールーシャの腕の中に納まる。あまり力を込めるとどこかしら折れてしまうんじゃないか、なんて思うときもあるが、今日は強く抱いていたかった。服越しに感じる体温と鼓動は、ちゃんと彼が生きてそこにいることを証明していた。形あるその存在を確かめるように、マールーシャは尚腕の力を強めた。
 ゼクシオンはしばらく静かに腕の中にいたが、やがて振り切るようにしてその腕を逃れる。

「御免ですよ。死ぬ予定も当分ありませんから」

 逃げていく後姿を見れば、耳の先は少し色づいていた。

 

*お題は曲解しています。何となく捻りたくて…遺書。


今日の116
手紙をもらう。「いつもありがとう」「大好き」と言う旨がたくさん書かれていたので嬉しくて抱き締めようとしたら顔を赤くして逃げられた。