018 ポッキーゲームをする
明るくはしゃいだ声でやってきたデミックスにマールーシャは赤い箱を押しつけられた。見れば、焼き菓子の類いだろうか、チョコレートらしいものでコーティングされた木の棒のようなものがパッケージにプリントされている。
「これは……?」
「あれっ知らないの? ポッキーっていうお菓子。十一月十一日は一をポッキーに見立ててポッキーの日なんだ」
「初めて見るな」
しげしげと箱を眺めていると、デミックスはにやりと笑いながら続ける。
「その様子じゃ、さてはポッキーゲームも知らないな?」
「ゲーム?」
「度胸比べみたいなかんじ」
デミックスは意味ありげに微笑した。
「先輩は物知りだな」
「でしょ! わからないことは何でも聞きたまえよ」
そういうと楽しげに手を振ってデミックスは去っていった。本当にノーバディなのか疑わしいほど自由な男だ。
ところで、はてこれをどうしたものか、とマールーシャは手の中の小箱を見つめた。もらったはいいが、甘いものはあまり好まないのだ。
頭を使う人にでもあげてみたらいいかもしれない。そんな思い付きから、その足でマールーシャは思い浮かべた人物の部屋に続く廊下を歩く。
*
「珍しいものを持っていますね」
訪れた部屋の主、ゼクシオンは、マールーシャが手に持っていた赤い箱にすぐ気付いた。差し上げるとまだ言わないうちから勝手に受け取る。
「ちょうどよかった、甘いもの食べたかったんです」
「デミックスがくれたんだ」
「……ああ、ポッキーの日ですか。彼らしい」
ゼクシオンがそんな俗っぽい単語を口にするのはなんだか意外だったが、本人は何ともない様子でそのまま封を開けた。中の包装を破るとパッケージにあった通りの細長い棒切れが出てきた。ゼクシオンには馴染みのある食べ物なのか、躊躇いなくそれを口に運ぶ。木のようだと思った部分はクッキーらしく、サクサクと子気味いい音が聞こえてきた。
何を思うでもなくじっとその様子を見ていると、視線に気づいたゼクシオンはああ、と言いながら一本差し出してきた。
「どうぞ」
「……どうも」
甘いものは、と喉元まで出かかるが、せっかくなので一本くらいならといただくことにする。チョコレートの部分に触れないように僅かなクッキーの部分を注意深く持って受け取った。不意に、デミックスの言っていたもう一つの単語を思い出す。
「お前は、ポッキーゲームを知っているか」
「……は?」
ゼクシオンの声色がワントーン下がった。突如として不機嫌そうな顔に、マールーシャはたじろぐ。何か気に障ることだったのだろうか。
「それも誰かの入れ知恵ですか」
「度胸比べの一種だとデミックスが」
「……ふうん」
少し思案する様子を見せた後、ゼクシオンは一歩近づいた。マールーシャが持ったままのポッキーを奪い取ると、「やってみますか」といいながらそれをマールーシャの口元にあてがった。何が起こるのか理解できないまま、勢いに押されて思わず口をあけて細長いそれの先端を受け止める。マールーシャが口にくわえたのを見ると、なんと、ゼクシオンが反対側から同じように菓子の端を口に含んだ。度胸比べ、の意味が何となくわかった気がした。
ほんの少しずつ、僅か数ミリごとさくさくと食べ進むにつれて、ゼクシオンはほんの少し踵を浮かせた。不意にこちらを見上げる青と目が合う。
「こんなふうに」
前髪が触れてしまいそうな距離までくると、ゼクシオンはすとん、と踵を床に下ろした。パキンと音がして口にくわえていたポッキーがたやすく折れる。
「……なるほど」
「顔を背けたり口を離したりしたら負けです」
「今のはお前が負けなんじゃないのか」
「負けで結構。くだらない」
ため息をついてゼクシオンは顔を背けると、新しいポッキーをとりだしてまたかじった。
マールーシャも、自分の口に残った短いチョコレートの残りを咀嚼する。飲み下してから、ふむ、と考えるそぶりを見せたのち、
「まどろっこしいな」
「な、」
ゼクシオンが咥えていたポッキーを強引に奪い取ると、彼が何か言いかけるのも構わずにマールーシャはその唇を塞いだ。ぺろりと舐めると、チョコレートの甘い味。そのまま深追いするように舌を唇の割れ目から奥へと滑り込ませた。
「つまり、これが正解なんだろう」
キスの合間に囁くと、ゼクシオンは目を見開いたまま反論の言葉を探している様子だったが、返事が返ってくる前にと再び唇を重ねる。
彼の言うとおりだ。ゲームなどと回りくどいことを考えて、実にくだらない。欲しいなら素直に求めればいいのだ。
ゼクシオンの手がマールーシャの腕を反射的に掴む。拒絶か?と思い少し勢いを緩めるも、やがてゼクシオン自ら受け入れるように唇を開いて舌を絡ませた。ちらとベッドの位置を確認する。背後、三メートルの位置。視線を戻すと、鼻息荒くなりながらも上目がちに睨みつけてくる碧眼は逃げる様子もない。そもそも最初に仕掛けてきたのは彼の方だ。少しずつ、相手に体重をかけながら背後のベッドにむかってじりじりと追い詰めていく。
口の中にチョコレートの余韻が残る。この甘さは、嫌いではなかった。
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今日の116
ポッキーゲームをする。容赦なくキスして舌を絡める。そんな雰囲気になってきたので押し倒す。いただきまーす。