021 旅行の初日

 隣県まで続く在来線に揺られながら流れていく外の景色を眺めた。窓の外はビルの立ち並ぶ都会の景色から一転して、住宅街の合間に緑が増え始めていた。目的地に着く頃には海が見えることだろう。
 ガサガサと音がするのでマールーシャが視線を向かいに戻すと、ゼクシオンが駅構内で買ったばかりのスナック菓子を開封しているところだった。

「え、もう開けるのかそれ」
「むしろこのためですが」

 当たり前のようにゼクシオンは真顔で答えると、ふん、と力んで銀の包装を開いた。

「電車でお菓子、旅行の片道の醍醐味でしょう」

 淡々と話すが、言葉の端にはこの状況を楽しんでいる様子が浮かんでいる。

「ああ、あなたはビールとかの方がいいんですか?」
「それでも良かったな」

 マールーシャはそう言いながら一緒に買った緑茶のペットボトルを窓際に並べた。
 休みをとって平日の午前から出発しているため、通勤ラッシュを超えた鈍行下り電車はガラガラで、ことさら指定席車両となるともはや見渡す限り乗客は二人しかいなかった。駅間の間隔も延びてきて、二人の旅行はのんびりと幕を開けたばかりだ。

 たまたま雑誌で近場の温泉地の特集を二人で見たのが、此度の旅行の発端だった。へえ、意外と近くに良さそうなところが、などと額を寄せ合ってみているうちに、行ってみたいですね、とゼクシオンがぽつりと言った。普段遠出に無関心な彼が興味を示してくれたことが珍しくて、嬉しくて、予定を調整してすぐに決行に至ったのだ。

「とんがりコーンて絶対指にはめましたよね」
「重ねてつけたりな」
「そうそう」

 ゼクシオンは左手の指に一つずつ三角帽子のようなそれをはめていった。

「あとは、プリングルズでアヒル口とか」
「なんだそれは」
「こう、二枚互い違いに重ねて口でくわえるんです」
「実演は?」
「あとで買い足しましょうか」

 くす、と笑いながらゼクシオンが指を眼前に差し出してきたので、その先に被さる菓子をそのまま一つ頂いた。浮かれすぎと言えなくもないが、誰もいない車内、これくらいはいいだろう。

「あ、海が見えてきましたよ」

 そういいながら窓に張り付くようにしてゼクシオンは車窓からの景色を指さした。木々の間に僅かに見える青はまだまだ遠いが、忙しない日常からだいぶ逃れたところまでやってきたことを気付かせてくれるようだった。

 


今日の116
旅行の初日。電車の中でおやつを食べる。ポテチでアヒル口をして遊ぶ。とんがりコーンを指にはめて遊ぶ。