023 喧嘩をして家を飛び出した

 コンビニエンスストアの袋をガサガサといわせながらマールーシャは夜道を家路に向かっていた。ビニール袋の中には、プリンが二つ。夜風に当たりながら、少しヒートアップしてしまった数分前の自分を省みてその熱を冷ますように努めた。

 

『え、食べちゃったの』

 その声は自分が思ったよりも大きく響いたので、ゼクシオンも少し気に障った様子でこちらを振り返った。買っておいた冷蔵庫のプリンがなくなっていたのでその所在を聞いたところだった。え、頂きましたけど、と何の悪気もなさそうに答えるので、少し不満を覚えてしまったのだ。

『なんで確認しないんだ』
『だって……いつも甘いもの買った時は僕にくれるじゃないですか』

 ゼクシオンはむっとした表情で反論する。
 確かに彼の言うとおりではある。お土産に、と甘いものを買ってくることはあってもそれはゼクシオンへのもので、自分用にマールーシャが甘味を用意することは今までほとんどなかった。ただこの日はたまたまプリンが食べたくて、仕事も忙しい時期で疲れもたまっていて、たまには甘いものでも食べて自分を労おう、と考えて買ったその矢先だったのだ。

『だからといって二つとも食べるやつがあるか』
『それは悪かったですね、買ってきますよ今から』

 売り言葉に買い言葉というか、疲れも祟ってやや乱暴な物言いになってしまったマールーシャにゼクシオンも苛立たしげに席を立つと、財布を掴んでそのまま振り返らずに家を出てしまった。マールーシャもそのまま家で待つのがなんだか癪で、歩いて気を紛らわせようと家を出たのだった。

 我ながらなんともくだらない。思い返しても益々反省しかなかった。

 何故唐突にプリンが食べたくなったのかと言えば、彼がそれはおいしそうに食べるからだ。自分相手でさえそんな表情は見せないくせに、甘いものに対してはどうしてそんなほどけた表情を見せるのかと嫉妬するくらい、甘味を味わうゼクシオンはリラックスして穏やかな表情を見せた。
 共同の冷蔵庫なのだから私物には名前でも書くことにして、帰ったら素直に謝ろうとマールーシャは足取りを早めた。

 二人の部屋の鍵を開けて入るが、家の中は暗い。まだ帰っていないのだろうか、とリビングへ進むと、机の上に何やら先ほどまではなかったものが置かれているのに気付いた。
プリン、と置き手紙。
 プリンは生クリームの乗った、ちょっといいやつ。置き手紙には簡素に『ごめんなさい』と書かれている。
 手紙の主を探して寝室に入ると、やはり布団が盛り上がっている。電気はついていない。まさかもう寝たのだろうか。そろそろと近付くと、規則正しい寝息が聞こえる。あまりの早寝にやや呆れるが、よくみると何かを抱え込んでいる様子だった。そっと布団を持ち上げて覗き込んでみると、ベッドに置いていたマールーシャの部屋着を胸に抱いていた。抱え込んだそれを守るように背中を丸めて顔を埋めている。
 しばらく前に感じていた苛立ちなど瞬時に霧散した。布団の上からそっと抱きしめる。
 きっと自分はいつまでも、この年下の恋人にはかなわないのだろう。そう思いながら、明日になったらプリンを一緒に食べようとマールーシャは決めた。

 


今日の116
喧嘩をして家を飛び出したけれど、しばらくして帰る。机の上に「ごめん」のメモとプリンが置いてあったので許す。自分の布団に入ろうとしたら相手が丸くなって寝ていた。許す。