025 イルミネーションを見に行く
仕事を終えたマールーシャが、待ち合わせていたゼクシオンと落ち合って食事を済ませたあとだった。繁華街を歩いていると、やたらと人が同じ方に向かって歩いていくのに気付いた。何かありましたっけ、とゼクシオンもその行方に視線を送る。マールーシャが少し背伸びして道の先を見れば、ぼんやりと道の先が淡くライトアップしているのが見えた。
「そういえば月初から大規模なイルミネーションが始まっていたかもしれない」
並木道の街路樹が一面青いライトで装飾された幻想的な風景の写真がインターネットでも話題を呼んでいたのを頭の中に思いだしながらマールーシャは言った。ゼクシオンは知らない様子でふうん、と言いながらも、気になるのか背伸びして先を見ようとしている。
「見ていくか?」
「え……でも」
マールーシャの問いに、ゼクシオンは少し渋る様子を見せた。彼は人混みを好まない。殊更、二人でいるときは周りの視線を気にしがちだ。
「心配しなくてもみんなイルミネーションに夢中だろう」
せっかくだし、と粘りを見せると、ゼクシオンもしばらくして納得してくれたのか興味深げにうなずいた。
*
整備された車道は道いっぱいにひしめく人でごった返していた。まるで初詣だっただろうかと見紛う思うような人だかりだ。外灯はほとんど落とされて道は暗いが、暗闇に浮き上がる青の並木道は写真で見るよりもはるかに美しかった。
「近くで見ると圧倒されますね」
ゼクシオンも感心したように、冷静に感想を述べた。男女のカップルはそこそこいるが、女性同士や複数人のグループも多く、男性だけのまとまりだっている。写真映えする、と多くの人がファインダー越しの風景に夢中で、無数に道行く人に目を向ける者などもいない。
「それにしても凄い人。どこまで続いてるんです、これ」
「全長八百メートルと書かれていたな。奥まで行って折り返すようだ」
「ええ……長い」
「綺麗でいいじゃないか」
「綺麗ですけど……寒い」
そう言いながらゼクシオンはマフラーに顔を埋める。確かに時折吹き付ける風は冷たく、人混みの中でのんびりと歩くには寒いのはマールーシャも同感だ。マフラーに顔を埋め、ポケットに両手とも突っ込んで身を縮めているその姿をみて、不意にマールーシャはゼクシオンのコートの左ポケットに自分の右手をさりげなく差し込んだ。ひぇっ、と声を上げるゼクシオンに構わず、握り締められた手を見つけると、ポケットの中で包むようにその手を握った。すでに冷えていて冷たい。
「ちょっと、こんな往来で……!」
周りに視線を配りながら慌てた様子のゼクシオンはマールーシャにだけ聞こえるようにささやく。手から逃れようとするが、強く握り離さない。
「大丈夫、暗いし誰も手元なんか見ていない」
確かに周りの人はみんな頭上のイルミネーションに夢中で、わざわざ暗い足下に目をやる人などいない。ゼクシオンは何か言いたげながらもこっそりと周りを見渡した。少し恥ずかしそうにしたまま、でもポケットの滞在を許すことにしたようだ。冷えた手の甲をさするように撫でるうち体温がうつっていくように少しずつ温まっていった。同時に、固く握られた拳が緩んでくると、手を滑らせそっと掌を合わせるようにして指を絡ませた。少しゼクシオンの体に力が入ったのがわかるが、気にせずそのまま手を握り歩いた。ポケットの中がどんどん熱を帯びていく。耳元に口を寄せて、暑くなってきた? と聞くと肘で脇腹を小突かれた。割と本気だったようで痛い。でも、手は繋いだまま。
しばらく進むと道が開けて人もばらけた。折り返し地点まで来たようだ。視界が開けてきたのに合わせてするりと手を解く。握っていた右手はまだ熱いくらいだ。ゼクシオンもいつの間にかマフラーを緩めてはぁと息をついていた。
「これ、毎年やってるらしい」
催しの概要を調べてマールーシャは言った。ふうん、と言うゼクシオンに、また来ようか、と問う。
「来年も一緒に見たい」
「まだ復路があるのにもう来年の話ですか」
呆れた声を出すゼクシオンに、それもそうだ、とマールーシャも軽く笑った。
「……いいですよ」
しばらくうつむいていたが、そう呟くその顔を振り返ると、またマフラーに埋もれていた。
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今日の116
イルミネーションを見に行く。綺麗だけど寒いと文句を言うので手を繋いでやったら静かになった。来年も一緒に見たいと言ってみたら「いいよ」だって。まったくかわいいんだから。